2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その五

第三章 第二の精霊:その五
 
 精霊には顕著な特質があった。(その特質は、スクルージには
すでにパン屋の店で気がついていたのであるが・・・)
 精霊は、その巨大な体にもかかわらず、どんな場所でも楽々と
その体を適応させることが出来た。そして、精霊は低い屋根の下
でも、どんなに天井の高い広間にいても違和感がなく、優雅に、
そのうえいかにも超自然の生物のように立っていた。

 精霊がまっすぐにボブ・クラチェットの家へスクルージを連れ
て行ったのは、おそらくこの精霊が自分の力を披露することに喜
びがあるのか、それとも精霊の持って生れた親切にして慈悲深い、
誠実なる性格と、すべての貧しい者に対する同情のためかだった。
それは、精霊がスクルージの最も近くで、貧しく虐げられている
者がいることを知っていて、スクルージにそれを気づかせるため
だったからだ。
 ボブの家の玄関前に立った精霊は、ニッコリと笑って、持って
いたトーチから、あのしずくを振りかけながら、ボブの家族を祝
福した。

 考えても見よ! 
 ボブは、一週間に彼自身を意味するわずかな十五ボブ(一ボブ
は一シリングの俗称だ)を得ているだけだった。そう、彼は土曜
日ごとに自分の名前のわずかに十五枚を手に入れるのがやっとだっ
たのだ。だから、現在のクリスマスの精霊は、彼の狭く小さな家
と家族を祝福してくれたのである。

 その頃、クラチェット夫人、つまりボブの奥さんは、二度も裏
返しにした粗末なガウンで、すっかり身なりを整え、そのうえ、
六ペンスという安さにしては良く見えるリボンで華やかに飾り立
てていた。
 クラチェット夫人は、これもまたリボンで飾り立てている次女
のベリンダに手伝ってもらい、テーブルクロスをひろげた。その
一方では、長男のピーターがジャガイモを茹でている鍋の中にフォー
クを突込んだ。
 ピーターは、恐ろしく大きなシャツ(この日のためにと、ボブ
が跡継であるピーターにプレゼントした大切な服だ)の襟の両端
を自分の口の中にくわえながら、自分としてはいかにも華々しく
おしゃれをしたのが嬉しくて、すぐにでも友達の集まる公園に出
かけて自分のシャツを見せたくてしかたなかった。

 その他の二人のクラチェット達、つまり、次男と三女とは、パ
ン屋の近くでガチョウの香りがするのに気づいたが、それは自分
達のだと分ったと言って、キャッキャと叫びながら家に帰って来
た。そして、これらの若いクラチェット達はサルビヤや玉ねぎな
どと贅沢な料理を想像しながら、テーブルの周囲を踊り回って、
ピーターの着ていたシャツを見て、口をそろえて褒めたたえた。
 ピーターは(シャツの襟がのどを締めそうになっていたが、特
に気にせず)火を吹きおこしていた。やがて、なかなか茹で上が
らなかったジャガイモがようやくやわらかくなったので、取り出
して皮をむいてくれと、大きな音を立てて鍋のフタを叩きだした。

「それはそうと、お前達のだいじなお父さんはどうしたんだろう
ね?」と、クラチェット夫人は言った。
「それからお前達の弟のティムもだよ! それからマーサも去年
のクリスマスには三十分ぐらい前に帰って来ていたのにねえ」

「マーサが戻りましたよ、お母さん!」と、言いながら、長女の
マーサがそこに現われた。

「マーサが帰って来たよ、お母さん!」と、次男と三女が叫んだ。
「やったあ! こんなガチョウがあるよ、マーサ!」

「まあ、どうしたというんだね、マーサ。ずいぶん遅かったねえ!」
と、言いながら、クラチェット夫人は何度も彼女にキスしたり、
あれこれと世話をしたがって、マーサのシォールや帽子などを脱
がしたりした。

「昨夜(ゆうべ)のうちに仕上げなければならない仕事が沢山あっ
たのよ」と、マーサは応えた。
「そして、今朝はまたお掃除をしなければならなかったの、お母
さん!」

「ああ、ああ、帰って来てくれたんだもの、もうなにもいうこと
はないんだよ」と、クラチェット夫人は言った。
「暖炉の前に座りなさい。そして、まずお暖まり。本当によかっ
たねえ」

「だめだ。だめよ。お父さんが帰って来られるところだ」と、ど
こへでもでしゃばりたがる次男と三女がどなった。
「隠れて。マーサ、隠れてて」

 マーサは言われるままに隠れた。そして、お父さんのボブは、
少しして、毛糸のマフラーを、ふさを除いて少くとも三フィート
はだらりと垂らして、この季節に見栄えが良いようにと、とびっ
きりの着古した服にブラシをかけ、そして、病弱な末っ子のティ
ムを肩車して戻って来た。
 かわいそうで病弱なティムよ。彼は、鉄のギブスで手足を固定
し、小さな松葉杖をついて支えていた。

「あれ、マーサはどこにいるんだい?」と、ボブは辺りを見回し
ながら聞いた。

「まだ帰ってませんよ」と、クラチェット夫人は応えた。

「まだ帰っていないのか!」と、ボブは今まで元気だったのが嘘
のように、急にがっかりして言った。
 実際、ボブは教会から帰る途中、ずっとティムを肩車して、ま
るで暴れ馬のようにピョンピョンと跳ねながら帰って来たのだ。
「クリスマスだというのに、まだ帰っていないのか!」

 マーサは、たとえ冗談にしても、父親が失望しているのを見た
くなかった。それで、まだ早いのにクローゼットのドアの陰から
出て来た。そして、ボブの両腕の中に走り寄った。
 その間、次男と三女は、ティムをぐいぐい引っ張って、鍋の中
でグツグツ煮えているプディングの歌を聞かせてやろうとキッチ
ンへ連れて行った。

 クラチェット夫人は、クスクス笑いながら、ボブが簡単に人の
言うことを本気にするのをひやかした。
「ところで、ティムはどんな様子でした?」と、クラチェット夫
人は聞いた。

 ボブは、おもいっきりマーサを抱きしめていた。
「黄金に値するよ」と、ボブは応えた。
「もっと善かったかな。あんなに長い時間、一人でイスに座て、
どういうわけか考え込んでいたんだ。そして、誰も今まで聞いた
こともないような奇妙なことを考えているんだよ。帰り道で、私
にこう言うんだ。教会の中で皆が自分を見てくれればいいと思っ
た。なぜなら自分の体が不自由なのを見れば、皆は元気なことを
神様に感謝する。それで、自分に手をさしのべる気になて、自分
は感謝の気持ちを込めて歌を唄えば、皆も気分がよくなる。する
と、もしクリスマスの日に、皆が体の不自由なホームレスや盲目
の人が歩いているのを見かけたら、自分のことを思い出して手を
さしのべるのが習慣になれば、街中が幸福に包まれ、楽しくなる
だろうからと言うんだよ」

 クラチェット夫人にこの話をした時、ボブの声は震えていた。
そして、病弱なティムが強い心に成長したと言った時には、もっ
と震えていた。