2014年4月10日木曜日

第二章 第一の精霊:その五

第二章 第一の精霊:その五

 精霊とスクルージが、児童養護園の門を出て来たその瞬間に、
ある都会のにぎやかな大通りに立っていた。
 そこには大勢の人影がしきりに行き来していた。また、荷車や
馬車の物影も道を争っているようで、あらゆるリアルな都市の争
いと騒ぎがあった。
 店の飾りつけで、ここもまたクリスマスの季節であることは、
あきらかに分っていた。
 もう夕方なので、街路には外灯がともっていた。

 精霊は、ある商店の出入り口に立ち止まった。そして、スクルー
ジにそれを知っているかと聞いた。

「知っているかですって!」と、スクルージは言った。
「私はここで見習い仕事をしていたことがあるんですよ」

 精霊とスクルージは、その商店の中に入って行った。
 ウェールズ人特有のウエリッシュウィッグを被ったかっぷくの
いい紳士が、あと二インチほど自分の身長が高かたら、きっと天
井に頭をぶつけただろうと思われるような、高さのある事務机の
向うに座っていた。その姿を一目見ると、スクルージは非常に興
奮して叫んだ。
「まあ、これはフェジウィッグ親方じゃないか! ああ! フェ
ジウィッグさんがよみがえった!」

 フェジウィッグ親方はペンを下に置いて、時計を見上げた。
 その時計は夜の七時を指していた。
 フェジウィッグ親方は両手をこすった。そして、たっぷんたっ
ぷんしたお腹を隠すチョッキをきちんと整えた。彼は靴の先から
頭のてっぺんまで、貫禄のある体を揺さぶって笑った。それから、
気分よく、滑らかなはばのある声で愉快に呼びかけた。
「おい、ほら! エベネーザー! ディック!」

 今は立派な青年の体つきになっていたスクルージ青年は、仲間
の見習いと一緒に、てきぱきと入って来た。

「ディック・ウィルキンスです、確に!」と、スクルージは精霊
に向いて言った。
「なるほどそうだ。あそこにいたんだ。彼はいつも私と一緒だっ
た。彼だ! 親愛なる友!」

「おい、息子達よ」と、フェジウィッグ親方は言った。
「今夜はもう仕事なんかおしまいだ。クリスマスだよ、ディック!
クリスマスだよ、エベネーザー! さあシャッターを閉めてくれ」
と、フェジウィッグ親方は両手を一つピシャリと鳴らしながら叫
んだ。
「さっさと店じまいしよう!」

 皆さんはこれら二人の青年がどんなふうにそれをこなしたかを
話しても信じないだろう。
 二人はシャッターの板を持って店の出入り口へ突進した。
 一枚、二枚、三枚と、それらをはめるべき所へはめた。
 四枚、五枚、六枚と、それらをはめて釘で止めた。
 七枚、八枚、九枚。そして、皆さんが十二まで数える前に、競
馬の馬のように息を切らしながら、店の中へ戻って来た。

「さあ来た!」と、フェジウィッグ親方は驚くほど軽快に、高さ
のある事務机から跳ね降りながら叫んだ。
「ほら片づけた。息子達よ。ここに広々としたスペースを作るん
だよ。さあ来た、ディック! 元気を出せ、エベネーザー!」

 片づけろだって! 
 それはフェジウィッグ親方の指示だから、ありとあらゆる物を
移動させても誰も文句は言えなかった。
 まるでサーカス団の団長のようなフェジウィッグ親方の指図で、
それは一分間で出来てしまった。
 移動することの出来る物は、ちょうど永久に公的労働から開放
されたように、ことごとく包んで片づけられてしまった。
 フロアの床はホウキで掃いて水拭きされた。
 ランプは芯を整えられた。
 薪は暖炉の上に積み上げられた。
 こうして商店は、冬の夜に誰もがこうしたいと望むような、こ
ざっぱりした暖かく、からっとした明るいダンスルームへと変っ
た。

 一人のフィドル奏者が、手に楽譜の本を持って入って来た。そ
して、あの高さのある事務机の所へ上って、その前に演奏者を集
めた。
 五十人も集った全員が、胃を悪くした患者かのように、ゲエゲ
エという音を立てて楽器の調子を合せ、オーケストラの準備をし
た。
 フェジウィッグ親方の夫人らしい、かなり太った愛嬌のある女
性が入って来た。
 三人のニコニコした可愛らしいフェジウィッグ親方の娘達が入っ
て来た。その三人に心を悩まされている六人の若者が続いて入っ
て来た。
 この商店で働いている若い男性や女性もことごとく入って来た。
 下働きをしている女性は、彼女のいとこのパン焼きの職人と一
緒に入って来た。
 料理番の女性は、彼女の兄の特別の親友だという牛乳配達をし
ている男性と一緒に入って来た。
 道路の向う側から来たという、父親から少しも食べさせてもら
えないらしい少年が、一軒置いて隣の家の下働きをしている女性
の後ろに隠れるようにしながら入って来た。(少年は母親に叱ら
れ耳を引っ張られたということが後で分かった)
 一人また一人と、次から次へと皆が入って来た。
 中にはきまり悪そうに入って来る者もいれば、威張って入って
来る者もいた。また、すんなりと入って来る者もいれば、不器用
に入って来る者もいた。それから、人を押して入って来る者もい
れば、人の手を引張って入って来る者もいた。
 とにかくどうにかこうにかしてことごとく皆、入って来た。
 たちまち彼らは二十組に分れてダンスを始めた。
 部屋を半分回って、また他の通路から戻って来る。
 部屋の真中を降りて行くかと思えばまた上って来る。
 仲がよさそうなペアがたたみかけるようにぐるぐる回って行く。
 先頭のペアはいつも間違った所でぐるりと曲って行った。
 新たに先頭になったペアもそこへ到着すると、再び横へそれて
行った。
 最後には先頭のペアばかりになって、彼らを助けるはずの最後
のペアが誰も後に続かないという始末だ。
 こんな結果になった時、フェジウィッグ親方はダンスを終了さ
せるように両手を叩きながら、大きな声で「上出来!」と叫んだ。
すると、フィドル奏者は、特別に用意された冷や水のポットの中
へ暑くなった顔を突込んだ。しかし、そのポットから顔を出すと、
休んでなどいられるものかと言わんばかりに、まだダンスを誰も
しようとしていないのに、すぐにまた演奏を始めだした。
 ちょうどもう一人のフィドル奏者が疲れ果ててシャッターの板
に乗せられて家へ連れ戻されたので、自分はそのフィドル奏者を
すっかり負かしてしまうか、そうでなければ自分が倒れるまでや
り抜こうと決心しているようだった。まるで生まれ変わった人間
でもあるかのように。

 なおもダンスは続いた。また、罰のある遊びもあった。そして、
再びダンスが始まった。その合間にケーキ、ニーガス酒、素晴ら
しいコールドローストの焼肉、素晴らしいコールドボイルの煮物、
ミンチパイ、そして、ビールが沢山出された。しかし、この夜で
一番の注目を集めたのは、焼肉や煮物の出た後で、フィドル奏者
が「サー・ロージャー・ド・カヴァリー」を弾き始めた時に出た
のだ。(このフィドル奏者は気の利いた人なんです。まあお聴き
ください! 皆さんや私なんかが指示するまでもなく、ちゃんと
その場の空気を読んで、自分のやるべきことをすかさずやってし
まうんです!)
 その演奏にのってフェッジウィッグ親方は夫人と手をつないで
踊り始めた。しかも、二人にとってはおあつらえむきのそうとう
テクニックのいるダンス曲で、先頭のペアをつとめようというの
だ。
 二十三、四組のペアがその後に続いた。
 いずれも踊りなれた者たちばかりだった。
 ダンスが体にしみついて、歩くなどということは夢にも考えて
いない人達なのだ。しかし、彼らの人数が二倍だったとしても、
四倍だったとしても、フェッジウィッグ親方は立派に彼らに対抗
できただろう。その夫人にしても同様にだ。彼女は、相手の踊り
にぴったりと息を合わせることができたので、親方の相手として
ふさわしかった。これでもまだほめたりないなら、もっとよい言
葉を教えてもらいたいくらいだ。そしたら私はその言葉を使うよ
うにしよう。

 フェッジウィッグ親方のふくらはぎからは本当に火花が出るよ
うに思われた。そのふくらはぎは、ダンスをしている間、月のよ
うに光っていた。
 どんなに目をこらしていても、次の瞬間にそのふくらはぎがど
うなるか予言することは、誰にも出来なかったにちがいない。
 フェッジウィッグ夫婦がダンスのすべてを踊りきった時、進ん
だり退いたり、両方の手を相手にかけたままおじぎをしたり、手
を取り合ってその下をくぐったり、男性の腕の下を女性がくぐっ
たり、そして、再びその位置に戻ったりして、ダンスのすべてを
踊りきった時、フェッジウィッグ親方は飛び上った。彼は足で羽
ばたいたかと思われたほど器用に飛び上った。そして、よろめき
もせずに再び着地した。

 時計が十一時を知らせた時、この親友達のダンスパーティは終
了した。
 フェッジウィッグ夫婦は出入り口の両側にそれぞれ立ち、身分
のわけへだてなく、男性が出て行けば男性に、女性が出て行けば
女性にというように、一人一人と握手を交して、クリスマスを喜
び合った。
 二人の見習いを除いて、すべての人が帰ってしてしまった時、
フェッジウィッグ夫婦は、残った二人にも同じように喜びを分け
与えた。
 こうして歓声が消え去ってしまった。そこで、二人の青年は自
分達のベッドに向かった。
 ベッドは店の奥のカウンターの下にあった。

 この間、スクルージはずっと心を奪われた人のように立ちつく
していた。その彼の心と魂とは、その光景の中に入り込んで、過
去の自分と一体になっていた。
 スクルージは、なにもかも体験したとおりだと感じていた。な
にもかも想い出した。なにもかも満喫した。そして、何ともいえ
ない不思議な心の興奮を経験した。
 スクルージ青年の姿とディックとの嬉しそうな顔が見えなくなっ
た時、始めて今のスクルージは精霊のことを思い出した。そして、
精霊が、その間ずっと頭上の光を非常に赤々と燃え立たせながら、
じっと自分を見つめているのに気がついた。

「たいしたことじゃないね」と、精霊は言った。
「あんなバカ者どもをあんなにありがたがらせるのは」

「たいしたことじゃないですって!」と、スクルージは聞き返し
た。

 精霊は、二人の見習いの話し合いを聞いてみろと手招きして指
示した。
 スクルージ青年とディックは、心のそこをうちあけてフェッジ
ウィッグ親方を褒めたたえていた。そして、スクルージ青年がそ
ういう話をした時、精霊は言った。
「だってねぇ! そうじゃないかい。あの男は、お前達人間の金
をほんの数ポンド費やしただけじゃないか。たかだか三ポンドか
四ポンドだろうね。それが、これほど称賛されるだけの金額かい」

「そんなことじゃありませんよ」と、スクルージは、精霊の言葉
に不満をもらした。
 今のスクルージではなく、昔の彼がしゃべってでもいるように、
無意識にしゃべり始めた。
「精霊様、そんなことを言っているんじゃありませんよ。あの人
は私達を幸福にもまた不幸にもする力を持っています。私達の仕
事を軽くも、また重荷にも出来ます。楽しみにも、また苦しい仕
事にもする力を持っています。まあ、あの人の力が言葉づかいと
か態度だけだったとしてもです。ようするに、お金のやり繰りに
は値しない、小額の質素なことだったとしても、これだけ私達を
愉快な気分にしてくれるのです。精霊様にはたいしたことじゃな
いように思われるかもしれませんが、だからどうだというのです
か? あの人の与える幸福は、そのために全財産を費やしたほど
尊いものなのですよ」

 スクルージは、精霊がちらとこちらを見たような気がして、口
を閉ざした。

「どうしたんだい?」と、精霊は聞いた。

「なに、特に何でもありませんよ」と、スクルージは応えた。

「でも、何かあったように思うけどね」と、精霊はしつこく聞い
た。

「いいえ」と、スクルージは言った。
「いいえ、私の商会の書記に、今、ちょっと一言か二言を言って
やることが出来たらと、そう思ったので、それだけですよ」

 スクルージがこの希望を口にした時、昔の彼がランプの芯を引っ
込ませて眠りについた。そして、スクルージと精霊は、また並ん
で外に立っていた。

「私の時間はだんだん残り少なくなる」と、精霊は言った。
「さあ急ぐんだ!」

 この言葉はスクルージに話しかけられたのでもなければ、また
外にいる誰かに言われたものでもなかった。しかし、たちまちそ
の効果を生じ、場所を移動した。そこには、別の時代のスクルー
ジの姿があった。