2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その三

第三章 第二の精霊:その三

 柊、ヤドリギ、赤い果実、蔦、七面鳥、ガチョウ、獲物、家禽、
野猪肉、獣肉、豚、ソーセージ、カキ、パイ、プッディング、果
物、パンチボウル、これらすべての物が瞬く間に消えさってしまっ
た。
 同じように部屋も、そこにあった暖炉も、赤々と燃え立つ炎も、
夜の時間も消えてしまって、精霊とスクルージは、クリスマスの
朝の街頭に立っていた。
 街頭では(寒気が厳しかったので)人々はそれぞれ、家の前の
歩道や屋根の上から雪かきをして、雑然とした、しかし、不快で
ない活発な一種の音楽を奏でていた。
 屋根の上から下の道路へバサバサと雪が落ちてきて、人工の小
さな雪崩となって散乱するのを見て、少年たちが狂喜していた。
 屋根の上のなめらかな白い雪のシートと、地面の上の少し汚れ
た雪だまりとの対比で、家の正面はかなり黒く、窓ガラスは一層
黒く見えた。
 地上の雪の降り積った表面は、荷馬車や荷車の重たい車輪に踏
み潰されて、深いわだちを作っていた。それは、何筋にも大通り
の分岐したところで、何百ものくい違った上をまたくい違って、
厚い黄色の泥や氷のような水の中に、跡をたどるのが困難で複雑
な深い溝になっていた。
 空はどんよりして、すごく短い路地ですら、半分は黒くすすけ、
半分は鉛色に凍ったような薄汚れた霧で息が詰まりそうだった。
そして、その霧の中の重い粒子のすすのようなものは、原子のシャ
ワーとなって、あたかもイギリス中の煙突がすべて一緒に火を吸
い込み、思う存分、心の行くままにすすを吐き出してでもいるよ
うに降って来た。
 この気候にも、またこの街の中にも、たいして陽気なものは一
つとしてなかった。それでいて、真夏の澄みわたった空気や照り
輝く太陽がいくらがんばって発散しようとしてもとても無駄なよ
うな晴れ晴れとした空気が外にたなびいていた。というのは、屋
根の上でどんどん雪をかき落していた人々が、屋根上のふちから
互いに呼び合ったり、時には冗談で雪玉(これは多くのたわいも
ない冗談よりも気立てのいい飛道具である)を投げ合ったり、そ
れがうまく当たったと言って、ゲラゲラと笑ったり、また当たら
なかったと言って、同じようにゲラゲラと笑ったりしながら、愉
快な喜びでいっぱいだったからだ。

 鶏肉屋の店はまだ半分開いていた。
 果物屋の店は今が盛りと華やかさを競って照り輝いていた。そ
こには大きな円いポット腹の栗のカゴがいくつもあって、陽気な
老紳士のチョッキのようなかっこうをしながら、店先の所にぐっ
たりともたれているのもあれば、腫れたようにふくれて通りへゴ
ロゴロ転がり出ているのもあった。それに、血色のいい茶色の顔
をして、広いベルトを締めたようなスペイン種の玉ねぎがあって、
スペインの修道士のように勢いよく肥え太り、娘が通りかかるた
びに、いたずらっぽい目つきで棚の上からそっとウィンクしたり、
吊り上げてあるヤドリギをおとなしそうに見ていた。それから、
梨やリンゴなどが派手なピラミッドのように高く盛り上げられて
いた。また、その店の軒先からは、ぶどうの房が、店主の好意で、
通りすがりの人が無料で口に水分を潤すようにと、人目につくフッ
クにぶら下げられていた。そこにはまた、茶色をした榛(はしば
み)の実がコケをつけ、山と積み上げられていた。そして、その
香りは、過去に森の中の古い小道や、枯れた落葉の中を足首まで
埋もれさせながら足を引きづり引きづり、愉快に歩き回ったこと
を思い出させていた。
 果物屋の店主の前には果肉が厚く色の黒ずんだノーフオーク産
のリンゴがあって、オレンジやレモンの黄色を引き立たせたり、
その水気の多い熟した物を、早く紙袋に包んで持ち帰って、食後
にどうぞとしきりに声をかけ薦めていた。これらのよりすぐられ
た果物の間には、金魚や銀色の魚が水槽に入れて出してあったが、
そんな鈍く鈍感な生き物でも、世の中には何事が起っているとい
うことを感知しているかのように見えた。そして、一匹残らず冷
静さをなくし興奮をして自分の小さな世界をグルグルとあえぎな
がら泳いでいた。

 こっちの食料品屋! 
 あっちの食料品屋! 
 おそらくこの二つの店は、ほぼシャッターを閉めているので、
いずれも閉じようとしていた。しかし、その隙間からだけでも、
にぎやかな光景がいたるところに見えている! 
 天井からぶら下がった天秤が、カウンターの上まで降りて来て
愉快な音を立てているかとおもえば、より糸がそれを巻いてある
軸からグルグルと活発に離れてきたり、缶が手品を使っているよ
うにカラカラと音を立ててあちらこちらに転がっていた。
 紅茶とコーヒーの混じった香りが漂い、本当にうれしかったり、
干しブドウが沢山あって、しかもそれはすごく高級で、アーモン
ドがすばらしく真白で、シナモンの棒が長くてまっすぐで、その
他の香料も非常に香ばしく、砂糖漬けの果物が、とても冷静な第
三者でも一口舐めれば気が遠くなって、次第にカッカとしてくる
ように、溶かした砂糖で、固めたりまぶしたりされていた。
 イチジクがジュクジュクとして熟れていた。
 フランスのプラムが沢山飾られた箱の中からほどよい酸味を持っ
て顔を赤らめながらのぞいていた。
 なにもかも食べるにはよく、またクリスマスの装いを凝らして
いた。
 それら以上に、むしろお客が皆、この日の嬉しい期待に気が急
いで夢中になっているのである、そのため、出入り口でお互いに
ぶつかって転がったり、柳の枝製のカゴを乱暴に押しつぶしたり、
カウンターの上に買った物を忘れて帰ったり、またそれを取りに
駆け戻って来たりして、同じような間違いを何度となく上機嫌で
繰り返しているのだ。それと同時に、食料品屋の主人や店員のエ
プロンは、背中で締め着けている磨き上げた心臓型の留め金が、
行き来している人達に見てもらうためか、または光る物が好きな
カラスにでもつっついてもらうためか分からないが、彼ら自身の
心臓だとでもいうようにちらつかせ、開放的で喜々として働いて
いた。

 そうした中、まもなく方々の尖塔の鐘は、教会や礼拝堂にすべ
ての善い人達を呼び集めるために鳴り響いた。
 彼らは、最高の服で街中を群れながら、とても愉快そうな顔を
そろえて、ゾロゾロと集まって来た。それと同時に、あちらこち
らの横道、小道、名もない片隅から、無数の人々が自分達の夕食
をもらいに、売れ残った食材で料理をふるまうパン屋などの店々
へ向かって行った。
 これらの貧しい人々の楽しそうな光景は、とても精霊の興味を
ひいたらしく、精霊は一軒のパン屋の出入り口に、スクルージを
そばに呼んで立っていた。そして、彼らが夕食を持って通るたび
に、ふたを取って、トーチからその夕食の上に香料を振りかけて
やった。
 精霊の持つそのトーチは、普通のトーチではなかった。という
のは、一度か二度、夕食をもらいに来た人達がお互いに押しのけ
あってケンカを始めた時、精霊はそのトーチから彼らの頭上に二、
三滴の水を振りかけた。すると、彼らはたちまち元通りのよい機
嫌になったのだ。そして、彼らは口々に、そうだクリスマスの日
にケンカするなんて恥かしいことだと言いあった。

 そうだとも! 
 まったく、そのとおりだ!