2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その十一

第三章 第二の精霊:その十一

 スクルージと精霊は、多くを見て、遠くへ行った。そして、色々
な家を訪問したが、いつも幸福な結果に終った。
 精霊が病床のそばに立つと、病人は元気になった。
 異国に行けば、キリスト教徒ではなくても、クリスマスの日に
はパーティを開いて楽しみ、人々は故郷を懐かしんだ。
 もだえ苦しんでいる人のそばにいくと、彼らは、将来のより大
きな希望をいだいて辛抱強くなった。
 貧困のそばに立つと、それが満たされた。

「旦那、なぜ人間は自分で自分を苦しめるんだね?」と、精霊は
不思議そうに聞いた。
「そうだろ。自分達で政府というものを作り、そこに自分達で代
表者とやらに管理を任せている。そのあげくが、このざまだ。神
でさえ、エデンの園をアダムに任せて失敗したのに」

「精霊様のおっしゃるとおりですが、お互いに困ったことが起き
た時に助け合う仕組みは必要なのです。たしかに、それが機能し
ていないことは認めますが、私達は失敗から学んで良くしていく
のです」と、スクルージは応えた。

「しかし、旦那には、戻るべき国がないのだろ。政府も代表者も
ないではないか。それでも他の国に暮らして、お金を沢山集めて
生活しているじゃないか。本当に政府や代表者が必要なのかね?
旦那は他の国の政府や代表者を助けて、その国の人間達を苦しめ
る手伝いをしているように思えるんだがね」と、精霊は言った。

 スクルージは、ユダヤ人が国をもたず、流浪の民になっている
ことが、どんなに辛いことかを精霊に説明したが、賛同は得られ
なかった。

「では、次の場所はどうかね」と、精霊は言って、スクルージを
連れて飛び立った。

 そこは施療院や病院や収容所だった。
 施療院でも病院でも収容所の中でも、あらゆるみじめな隠れ家
では、無益な人の中に上下関係のような小さなたわいもない権威
を作らないので、しっかりドアを閉めたりして、精霊を閉め出し
てしまうようなことがなかった。だから精霊はそこに祝福を残し
た。

「旦那、どうだい。ここには代表者はいない。お金はなんの役に
も立たない。いくらお金があっても命は買えないし、罪は償えな
いからね。政府が介入することがなければ、誰も争うことはない
し、皆がお互いを助け合うんだよ。だから、私はこうした場所を
特に祝福するんだ」と、精霊は言った。

「精霊様。こうした場所でも上下関係を作り、争っている所があ
ると聞いたことがあります。長い間、その場所に住み続けるとそ
うした権力のようなものが生まれてくるのかもしれません。しか
し、だからといって私にどうしろと言うのですか? 非力な私一
人ではどうすることも出来ませんよ」と、スクルージは言った。

「そうやって、言い訳をして、見て見ぬフリをして、誰かに任せっ
きりにした結果がどうなるか。今に思い知ることになるだろう」
と、精霊は独り言のように言った。

 こうして、精霊はスクルージに、色々な教訓を教えたのだった。

 これがただ一夜だったとすれば、ずいぶん長い夜だった。しか
し、スクルージはこれについて疑いを抱いていた。というのは、
クリスマスの祭日全部が、スクルージと精霊だけで過ごしてきた
時間内に圧縮されてしまったように思えたからだ。また、不思議
なことには、スクルージはその外見が依然として変らないでいる
のに、精霊はだんだん歳をとった。
 精霊は目に見えて歳をとっていった。
 スクルージは、この変化に気がついていたが、けっして口にだ
しては言わなかった。しかし、とうとう子供達のために開いた十
二夜会(クリスマスから十二日目の夜にお別れとしておこなう会)
を後にした時に、スクルージと精霊は野外に立っていたのだが、
彼は精霊を見ながら、その髪の毛が真白になっているのが気になっ
た。

「精霊様の寿命はそんなに短いものなのですか?」と、スクルー
ジは聞いた。

「この世における私の生命はすごく短いものさ。歳をとれば衰え
る。それでも居座れば、若い者が育たない。早く若い者に道を譲っ
て、この世に新風を吹き起こさなければね」と、精霊は応えた。
「今晩で終わりになるんだよ」

「今晩ですって!」と、スクルージは叫んだ。

「今晩の真夜中頃だよ。お聴き! その時がもう近づいているよ」

 どこかの鐘の音が、その瞬間に十一時四十五分を告げていた。

「こんなことをお聞きして、もし悪かったら申し訳ありませんが」
と、スクルージは精霊のローブをけげんな顔で見ながら言った。
「それにしても、なにか変では? 貴方のお体の一部とは思われ
ないようなものが、すそから飛び出しているようでございますね。
あれは足ですか、それとも爪ですか?」

「そりゃ爪かも知れないね。これでもその上に肉があるからね」
と、精霊が悲しむように応えた。
「これをよく見るんだ」

 精霊は、そのローブのひだの間から、二人の子供を披露した。
 哀れな、いやしげな、怖ろしい、ゾッとするような、みじめな
子供達だった。
 二人の子供は、精霊の足もとにひざまづいて、そのローブの外
側にすがりついた。

「さぁ、旦那、これを見よ! この下をよく見ておくんだ!」と、
精霊はスクルージに叫んだ。

 男の子と女の子がスクルージを見ていた。
 黄色く、やせこけて、ぼろぼろの服を着ていた。
 しかめっ面をして、欲が深そうな、しかし、二人の子供の中に
も謙遜があり、しりごみしていた。
 のんびりした若々しさがあった。
 二人の子供は、あまりにも痩せていたので、腸にガスがたまっ
ているのか、お腹がはちきれそうに膨らんでいた。
 いきいきした色でそれを染めるべき肌は、老化したような、古
ぼけたしわだらけになっていた。
 手をつねったり、ひっかいたりしたのか、あざや傷だらけになっ
ていた。
 天使が玉座についてもいいところに、悪魔がひそんで、見る者
を脅しつけながらにらんでいるようだった。
 創造された不思議なもののあらゆる神秘を寄せ集めたとしても、
人類のどんな進化も、どんな堕落も、どんな逆転も、それがどん
な程度のものだったとしても、この子供達の半分も恐ろしい不気
味な化け物を出現させられないだろう。

 スクルージはゾッとしてあとずさりした。
 こんなふうにして子供達を見せられたので、スクルージは「か
わいいお子さん達ですね」と、言おうとしたが、言葉の方で、そ
んなだいそれた嘘つきの仲間入りをするよりはと、自分で自分を
制してしまった。

「精霊様、これは貴方のお子さん達ですか?」
 スクルージはそれ以上、言うことが出来なかった。

「これは人間の子供達だよ」と、精霊は二人の子供を見おろしな
がら言った。
「この子供達は、自分達の父親に訴えながら、私にすがりついて
いるのだ。この男の子は無知である。この女の子は貧困だ。この
二人の子供には気をつけるんだ。この子供達の階級のすべての者
を警戒するのだ。そして、特にこの男の子に用心するんだ。この
子の額には、もしまだその書いたものが消されずにあるとすれば、
『滅亡』とありありと書いてあるからね。旦那、それを否定して
みろ!」と、精霊は片手を街の方へ伸ばしながら叫んだ。
「そして、それを教えてくれる者をそしるがいいさ。いつまでも
旦那のふざけた目的のために、今までの行いを正当化するがいい。
そして、その行いをもっと悪いものにするがいい! いずれ訪れ
るその結果を待っているがいい!」

「この子供達は、避難所も財産も持たないのですか?」と、スク
ルージは聞いた。

「公的な施設はないのかね?」と、精霊はスクルージの言った言
葉を繰返しながら、これを最後に彼の方へ振り向いて言った。
「共立救貧院はないのかな?」

 どこかの鐘が夜中の十二時の時を告げた。

 スクルージは、周囲を見渡しながら精霊を捜したが、その姿は
どこにも見あたらなかった。
 最後の鐘の音が鳴りやんだ時、スクルージは、ジェイコブ・マー
レーの教えを思い出した。そして、目を上げると、地面に沿って
霧のように彼の方へやって来る、フードをかぶったおごそかな精
霊を見た。