2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その六

第三章 第二の精霊:その六

 ティムが動き回る時の小さな松葉杖の音が床の上に聞こえた。
そして、ボブの次の言葉がまだ言いだされないうちに、ティムは
兄や姉の助けを借りて、もう暖炉のそばの自分のイスに戻って来
た。
 その間、ボブは服の袖をまくり上げて(かわいそうに、これほ
どまでに袖が汚れることがどうしてあるのか)ジン酒にレモンを
加えて、それをグルグルとかき回してから、とろ火で煮るために
コンロの上に置いた。

 ピーターと二人のちょこまかしていた次男と三女は、ガチョウ
を店に取りに出かけたが、間もなくそれを高々と持ち、行列になっ
て帰って来た。
 そのようなにぎやかさを見れば、あらゆる鳥の中でガチョウが
最も貴重だと思うかもしれない。そう思わせるような出来事がク
ラチェット家では起きるのだ。

 この時代のクリスマスといえば、七面鳥の料理が食べられるよ
うになっていたのだが、まだ貴重で高価だったので買うことので
きないクラチェット家では、昔からクリスマスに食べられていた、
安くて、それも痩せこけたガチョウがいつものようにメインの料
理になっていた。
 もっとも、一番高級な黒鳥だろうが、ガチョウだろうが、どち
らも羽を生やした鳥にはかわりない。

 クラチェット夫人は、グレイビーソース(前もって小さな鍋に
用意してあった)をシューシューと音をさせながら煮立たせた。
 ピーターは、ほとんど信じられないような力でジャガイモを突
きつぶした。
 ベリンダは、アップル・ソースに甘味をつけた。
 マーサは、(湯から出したての)熱い皿をふいた。
 ボブは、テーブルの片隅に座っているティムのそばにイスを寄
せて座った。
 次男と三女は、皆のためにイスを並べた。皆という中にはもち
ろん自分達のことも忘れはしなかった。そして、それぞれの席に
ついて見張りをしながら、自分たちの順番がこないうちに早くガ
チョウが欲しいなどと悲鳴を上げないように、口の中にスプーン
を押込んでいた。
 やっとお皿が並べられた。
 食事前のお祈りも済んだ。それからクラチェット夫人がカービ
ングナイフを手にとって、ゆっくりと見ながら、ガチョウの胸に
突き刺そうと身構えた時、家族全員、息を止めてパタリと静かに
なった。それで、それを突き刺した時には、そして、長い間、待
ち焦れていた詰め物がどっとあふれ出た時には、テーブルの周囲
から割れるような歓声が一斉にあがった。
 あのティムでさえ、次男と三女に励まされて、自分のナイフの
柄でテーブルを叩いたり、弱々しい声で「やったー!」と、叫ん
だりした。
 こんなガチョウは決してありえなかった。

「こんなガチョウが今までに料理されたことなどありえないぞ」
と、ボブは言った。

 その軟かさといい、香りといい、大きさといい、安いこととい
い、すべてのことが賞賛にあたいしていた。
 アップル・ソースとマッシュポテトがそろえば、家族全員で食
べるのに十分のごちそうだった。
 まったくクラチェット夫人が、(皿の上に残った小さな骨の破
片をしみじみと見ながら)とても嬉しそうに言ったとおり、彼ら
は最後までそれを食べ尽くしたのだ! 
 痩せこけたガチョウの料理だったが、それでも一人一人が満腹
になった。特に若い者達は目の上までサルビヤやたまねぎに漬かっ
ていた。ところが、今度はベリンダが皿をとり換えたので、クラ
チェット夫人はプディングを持って来ようと、一人でその部屋を
出て行った。プディングを取り出すところを他の者に見られるこ
となど、とても我慢ができなかったほど、彼女は神経質になって
いたのである。

 もしプディングに十分火が通っていなかったとしたら? 
 取り出す時に、プディングがくずれでもしたら?
 もし皆がガチョウに夢中になっていた間に、誰かが裏庭の塀を
乗りこえて、プディングを盗んで行ったとしたら・・・。
 想像しただけで、次男と三女が青ざめてしまうような想定だろ
う。あらゆる種類の恐怖がまき起こるにちがいない。

 おおぅ! 
 素晴らしい湯気だ! 
 プディングは鍋から取り出された。
 洗濯した時のような臭いがする! 
 それは洗い立ての布の臭いだ。
 おたがいに隣り合せた料理屋とカステラ屋のまたその隣りに洗
濯屋がくっついているような臭いだ。
 それがプディングだった。

 一分と経たないうちに、クラチェット夫人は、皆が待ちかまえ
ている部屋に戻って来た。彼女は恥ずかしそうだが、しかし、誇
らしげな笑顔をしていた。
 プディングには、酒瓶の半分ぐらいのブランディが含まれてい
たので、火が点けられ、ボッボッと燃え立っている。そして、そ
のてっぺんにはクリスマスの柊を突き刺して飾り立てられていた。
 クラチェット夫人は、ドット柄の砲弾のように、いかにも硬く、
またしっかりした、そのプディングを持って戻って来たのだ。

 おお、素敵なプディングだ! 
 ボブ・クラチェットは、しかも冷静に、自分はそれを結婚以来、
クラチェット夫人が達成した最大の成功だと思うと語った。
 クラチェット夫人は、心の重荷が降りた今では、自分は実は粉
の分量について不安を抱いていたことをうちあけた。
 誰もがプディングについて、ああだこうだと言いあった。しか
し、誰もそれが大人数の家族にとっては、どうみても小さなプディ
ングだと言う者はなく、そう考える者もいなかった。
 そんなことを言っていたら、それこそ普段から変わり者と思わ
れていただろう。
 クラチェット家の者で、そんなことを口ばしって、母親に恥を
かかせる者は一人だっていなかった。

 とうとう夕食がすっかり終わった。
 テーブルクロスはきれいに片づけられた。
 暖炉も掃除されて、火が焚きつけられた。
 ポットのカクテルは味見をしたところ、完璧で、リンゴとオレ
ンジがテーブルの上に置かれ、シャベルに一杯の栗が火の上に載
せられた。
 それからクラチェットの家族は、ボブのイメージでは円を描く
ようにだが、実は半円になって、暖炉の周囲に集った。そして、
ボブの手元近くには家中のガラスというガラスが飾り立てられた。
それは、水飲みのコップ二個と、柄のないカスタード用コップ一
個だけだったけれど。これらの容器は、それでも、黄金の大盃と
同じ様にポットから熱いカクテルをなみなみと受け入れた。
 ボブは、晴れ晴れしい顔つきでそれを注いでいた。その間、火
の上にかかった栗はジュウジュウと汁を出したり、パチパチと音
を立てて割れた。
 それから、ボブは家族全員に提案した。
「さあ皆、私達にクリスマスおめでとう。神様、私達を祝福して
下さいませ」
 家族全員でそれを復唱した。

「神様、私達の一人一人に祝福を」と、皆の一番最後に病弱なティ
ムが言った。その彼は、ボブのそばにくっついて自分の小さなイ
スに座っていた。
 ボブは、ティムのやつれた小さい手を自分の手で握っていた。
それは、あたかもこの子がかわいくて、しっかり自分のそばに引
きつけておきたい。もし誰かが自分の手許から引き離しはしない
かと気にかけているようだった。