2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その四

第三章 第二の精霊:その四

 やがて街中に響いていた鐘の音は静まりかえった。そして、パ
ン屋の店も閉じられた。
 どこのパン屋でも、そのオーブンの辺りの雪が溶けて濡れた場
所には、貧しい人々に与えられた夕食に出された料理の残り香が、
良い音楽の余韻のように残されていた。そこでは、まるで石まで
料理されているように、舗道の石畳が湯気を立てていたのである。

「精霊様のお持ちのトーチは、何でもできるすばらしい道具です
ね」と、スクルージは精霊の持っていたトーチを褒め称えた。

「旦那は、そう思うかね?」と、精霊は聞いた。

「はい。そのトーチから振りかけていらっしゃったものには、な
にか特有の味でもついているのですか?」と、スクルージは聞い
た。
「それが今日のどんな夕食にでもよく合うのでしょうか?」

「最も貧しい者に、親切心から与えられた料理にはね」と、精霊
は応えた。

「なぜ、最も貧しい者に?」と、スクルージは聞いた。

「そうした者は最もそれを必要としているからね」と、精霊は応
えた。

「精霊様!」と、スクルージはちょっと考えた後で言った。
「私たちの周囲の色々な世界のありとあらゆる存在の中で、(他
の者ならともかく)最も賢明な精霊様が、商売の邪魔をしていらっ
しゃることは、私にはどうも不思議でなりません」

「私が!」と、精霊は叫んだ。

「七日間にわたって精霊様は、食事を提供している店の商売を邪
魔していらっしゃるのですよ。彼らにとってこの一週間こそ最も
稼げる日なのです」と、スクルージは言った。
「そうじゃありませんか?」

「私がだと!」と、精霊は叫んだ。

「精霊様は七日間にわたって、貧しいからといって、他の料理屋
より美味しい料理を無料で与えていては、誰も他の料理屋へは寄
りつかなくなります。その結果、商売をできなくしているのです」
と、スクルージは言った。
「だから、同じことになるんですよ」

「それで私が商売の邪魔をしていると言うのかい?」と、精霊は
大きな声で聞いた。

「間違っていたらお許しください。ですが、クリスマスというの
は、一年でも特に稼ぎ時なのです」と、スクルージは応えた。

「人間にとって食事とはなんだ? 生きていくうえで欠かすこと
のできないことじゃないのかい? 料理は生きていくためのいわ
ば道具だ。道具はそれを必要としている者に公平に与えられるも
のだ。それを独り占めにしたり、他人には使わせず、捨ててしまっ
ていいものではないだろ。売り物にすることじたいが間違ってい
るんじゃないかい?」と、精霊は聞いた。

「たしかにそうですが、それを商売にして食事にありついている
者がいることも事実です」と、スクルージは応えた。

「旦那、この世の中にはね」と、精霊は話し始めた。
「私達を知っているような顔をしながら、自分勝手な目的のため
だけに、クリスマスの名前を利用して商売している者がいるんだ
よ。しかも彼らは、私達や、私達の一族には一面識もない奴らな
んだよ。これはよく覚えておいてもらいたいね。彼らのしたこと
については、彼らを責めるべきだろ。そのことで私達を批判して
もらいたくないものだね。いいかい旦那、私のやっていることは、
このトーチという道具を使って気づかせているにすぎないんだよ。
お腹を空かせていれば、どんな料理だって美味しいと感じる。争
うことの愚かさやむなしさを気づかせているだけだ。道具は使い
方しだいだ。どんな道具でも使い方を間違えたり、使わなければ
役には立たない。このトーチは何でもできるわけじゃないんだよ。
トーチを良くも悪くもするのは、私自身の使い方にあるんだ。食
事を提供することを商売にするのなら、もっと料理という道具の
使い方を工夫するべきだ。それが人間の知恵というものじゃない
かね? そういう旦那はどうだい。道具を集めているだけで、使っ
たことはないだろう」

 スクルージは、まだ納得はしていないようだったが、反論はし
なかった。

 それから精霊とスクルージは、最初の精霊と行動した時と同じ
ように誰にも姿が見えない状態で、町の郊外へ向かって行った。