2014年4月12日土曜日

第四章 第三の精霊:その七

第四章 第三の精霊:その七

 静かだった。
 非常に物静かだった。
 いつも騒がしい次男と三女は、石像のように片隅で静かだった。
そして、ピーターを見上げながら座っていた。そのピーターは、
本を広げていた。
 クラチェット夫人とマーサとベリンダは、一生懸命に裁縫の仕
事をしていた。そして、この三人もまた、非常に静かにしていた。

 ただそこには、病弱なティムの姿はなかった。

(そして彼は子供を連れて行った。そして、彼らのまん中に彼を
置く)

 どこでスクルージはそれらの言葉を聞いたのか?
 スクルージは、それまでそれを夢に見たこともなかった。彼と
精霊が家に入ったので、ピーターがそれらを朗読したのに違いな
い。
 なぜ、ピーターは朗読を止めたのだろう?

 クラチェット夫人は、裁縫の手を止めた。そして、テーブルの
上に縫いかけの品物を置いて、顔に手を当てた。

「私の目には色が苦痛だねぇ」と、クラチェット夫人は言った。

「色が?」と、マーサが聞いた。

「時々、目がかすむんだよ」と、クラチェット夫人は応えた。
「ロウソクの光で弱くなるんだろうね。私は、お父さんがお帰り
の時には、どんなことがあっても、弱くなった目を見せたくない
と思ってるんだよ。もうそろそろお帰りの時間だね」

「遅いぐらいだよ」と、ピーターは言って、広げていた本を閉じ
た。
「お母さん。お父さんは前よりも少し遅く歩くようになったと思
うよ。この少し前の夕方も・・・」

 皆、ふたたびとても静かになった。
 ついにクラチェット夫人は言った。とても落ち着いた機嫌のい
い声だった。しかし、一度だけ口ごもった。
「私は知ってるよ。お父さんが歩いて・・・。私は知ってるよ。
お父さんが歩いて、病弱だったティムを肩車してね。ほんとうに
とても速く・・・」

「僕も覚えてるよ」と、ピーターは言った。
「よく見かけたよ」

「私も覚えてるわ」と、三女が同じように言った。

 皆がそうだった。

「まったく、お父さんはとても軽々と肩車していたね」と、クラ
チェット夫人は言うと、また裁縫の仕事の続きをやり始めた。
「そしてお父さんは、あの子を愛していたから、それは苦痛じゃ
なかったんだよ。苦痛・・・。おや、ドアが・・・、あなた達、
お父さんよ!」

 クラチェット夫人は、ボブを出迎えるために出入り口へ急いだ。
そして少しして、首に毛糸のマフラーを巻きつけたボブ(彼には
それが必要だった。気の毒な人・・・)が、入った。
 ボブの紅茶が、暖炉の棚の上に準備ができていた。そして、誰
もが彼の着替えを手伝おうと、彼ら全員で先を争っていた。
 それから、次男と三女は、ボブのそばに座り、そして、それぞ
れが小さな頬を彼の顔にほおずりした。

(気を落とさないで、お父さん。悲しまないで)
 そう二人は言っているようだった。

 ボブは、皆と一緒にいることで、とても機嫌がよかった。そし
て、家族全員で楽しく話をした。
 ボブは、テーブルの上に置いてあった裁縫された品物に気がつ
いた。そして、クラチェット夫人と娘達の巧みさと速さを褒め称
えた。

「この三人でやれば、日曜日よりずっと前に仕上がるだろうね」
と、ボブは言った。

「日曜日? 今日も行ったんですね、ロバート」と、クラチェッ
ト夫人は言った。

「そうだよ、お前」と、ボブは応えた。
「お前も行けるとよかったんだけど。あの、今でも花束の絶えな
い光景をお前も見れば、どんなによかっただろう。だけど、お前
はいつでもそれを見られるからね。私は日曜日には必ずそこに行
くことを、あの子に約束したんだよ。私のかわいい。かわいい、
あの子に!」と、ボブは泣きだした。
「私のかわいいティム!」

 ボブは突然、泣き崩れた。彼はティムを助けることができなかっ
たのだ。もし、彼がティムを助けることができたら、彼とここに
いる子供達は、おそらくティムを遠い存在に感じることになった
だろう。

 いつかティムが教会で考えていた「自分の不自由な体を見せる
ことで、困った人に手をさしのべる人が増えれば街中が楽しくな
る」という話は、街中に噂となって口伝いに広がり、誰もが心を
暖かくし、ティムの考えていたとおりに、困った人に手をさしの
べる人が増えていった。それを見とどけて安心するかのようにティ
ムは息をひきとったのだ。
 ティムの死は、街中の人を悲しませ、その葬儀の日には、街中
のほとんどの人が沿道に出て、小さな棺が教会に向かうのを見送っ
た。
 その日は、街中が泣いているように、すべての教会の鐘が鳴り
響いた。
 その噂は、他の街にも伝わり、ティムの墓に訪れる人が多くな
り、花束が絶えることがなかった。

 ボブは、皆の集まっていた部屋を出て、階段を上って二階の部
屋へ入った。そこには、まぶしいぐらいの明かりがともされ、多
くの人からティムに贈られた沢山のクリスマスのプレゼントや飾
りが鮮やかに輝いていた。
 まだ、死んだティムのイスがあった。そして、そこに誰かがい
るような気配があった。
 そのイスに哀れなボブは座った。そして、彼は、ティムと一緒
に、イスを組み立てた頃を思い出していた。
 しばらくして、ボブは立ち上がり、イスの小さな背もたれにキ
スをした。そして、彼は過ぎたことだとあきらめた。それから、
とても楽しそうにしてふたたび一階に向かった。