2014年4月11日金曜日

第四章 第三の精霊:その一

第四章 第三の精霊:その一

 精霊は徐々に、おごそかに、黙々として近づいて来た。
 スクルージのそばまで精霊が近づいて来た時、彼は地にひざま
ずいた。なぜかというと、精霊は自分の動いているその空気の中
へ、陰うつと神秘とを漂わせているように思ったからだ。
 精霊は真黒なローブに包まれていた。その頭も顔も姿もローブ
に隠されていた。ただ、片方の手に大きな砂時計を持っていた。
 砂時計は、大きいという他に金色に輝く砂、片方の底がないと
いう特徴があった。だから、金色の砂は穴から落ちると貯まるこ
とはなく、地面に着く前に消えてなくなっていった。そのため、
金色の砂が、最初にどれぐらいの量があったのか分からなかった
が、かなり減っていて、残りわずかなことは分かった。
 その砂時計がなかったら、暗闇から精霊の姿を見分けることも、
精霊を包囲している暗黒から区別することも困難だったろう。

 スクルージは、精霊が自分のそばへ来た時、かなり背が高く堂々
としているように見えた。そして、そういう不思議な精霊にもか
かわらず、自分と相通じるものを感じた。まるで、自分自身を鏡
で見ているような一体感があり、それと同時に自分の心が、ある
種の厳粛な畏怖の念にみたされたのを感じた。
 それ以上は、スクルージにはまだ分からなかった。というのは、
精霊はしゃべりもしなければ、身動きもしなかったからだ。

「私の前におられるのは、最後に来られることになっているクリ
スマスの精霊様ですか?」と、スクルージは聞いてみた。

 精霊は応えることはなく、空いている片方の手で前方を指し示
した。

「精霊様は、これまでは起らなかったが、これから先に起きよう
としている出来事の幻影を私に見せようとしていらっしゃるので
ございますね」と、スクルージは言葉を続けた。
「そうでございますか、精霊様?」

 精霊のフードが、そのひだの中に一瞬の間、収縮し、それがう
なづいたように見えた。
 これがスクルージの受けた唯一の反応だった。

 スクルージもこの頃は、いくらか精霊との付き合い方が分かっ
てきた。しかし、この沈黙の態度に対しては脚がブルブルと震え
るほど恐ろしいものがあった。そして、精霊の指し示す方向に歩
いて行こうと体を動かした時には、まっすぐに歩けそうもないぐ
らいにふらついていることに気がついた。
 精霊もスクルージのこの様子に気がついて、少し待って落ち着
かせてやろうとでもするように、しばらく立ち止まった。しかし、
スクルージは、その気使いをされたことで、ますます気が遠くな
りそうになった。

 クルージには、どう考えても砂時計の砂は、自分の生命の残り
時間としか思えず、黒いローブを着た精霊は、そのフードの中に
自分の死を見つめる目があるのだと思うと、漠然とした、なんと
も言えない恐怖で体中がゾッとした。

「未来の精霊様!」と、クルージは叫んだ。
「私は今までお会いした精霊様の中で、貴方が一番恐ろしいので
す。しかし、精霊様の目的は、私のために善い道を示してくださ
るのだと覚悟しています。ですから、どんなことが起きても精霊
様に従うつもりでいます。精霊様に心から感謝しているのです。
どうか私と会話してくださいませんか?」

 精霊は、その言葉にも応えなかった。しかし、その片手は前方
にまっすぐ向けられていた。

「そうか! 私は今までお会いした精霊様の教えにより、未来に
はきっと改心しているはずです。どんなすばらしい未来になって
いるのか。それにも何かの教訓があるのですね。行きましょう!」
と、スクルージは言った。
「さあ行きましょう! 夜はどんどんふけてしまいます。そして、
私にとっては尊い時間でございます。私は存じています。行きま
しょう、精霊様!」

 精霊は、スクルージの前に現れてきた時と同じよいうに浮遊す
るように移動した。
 スクルージは、そのローブの影に誘われるように、後をついて
行った。彼はその影が自分を持ち上げて、どんどん運んで行くよ
うに思った。