2014年4月12日土曜日

第四章 第三の精霊:その八

第四章 第三の精霊:その八

 家族全員が、暖炉の火の周辺に集まった。そして、話し合った。
 クラチェット夫人と二人の娘達は、まだ裁縫の仕事をしていた。
 ボブは、スクルージの甥がとても親切にしてくれたことを皆に
語り始めた。その甥とは、ただ一度しか会ったことがなかった。

 その日、ボブは街の路地でスクルージの甥が自分の方に向かっ
て歩いて来るのを見かけ、立ち止まった。

「貴方をほんの少し知っています」と、ボブは言った。

 甥は、ボブの顔を見て、心苦しそうに近づいて立ち止まった。

「どこかへお出かけですか?」と、ボブは聞いた。
「貴方が以前、事務所で愉快な話をされたのを聞きました」

「クラチェットさん。私は心からお詫びします」と、甥は言った。
「そして、貴方の素敵な夫人にも心からお詫びいたします」

 ボブは、この甥がどうしてクラチェット夫人のことを知ってい
たのか分からないとつぶやいた。

「何を知っているのがですって、貴方?」と、クラチェット夫人
が、ボブの話に割り込んで聞いた。

「なぜ、お前が素敵な夫人だと」と、ボブは応えた。

「皆、そんなことは知ってるよ」と、ピーターは言った。

「とてもよく見ているね、それでこそ私の子だ!」と、ボブは言っ
て微笑んだ。そして、話を続けた。

「心からお詫びします」と、スクルージの甥は言った。
「そして、貴方の素敵な夫人にも心からお詫びいたします。いず
れにしても、もし私が貴方に役に立つことができるなら・・・」
 甥は、ボブに名刺を渡した。
「私は今、アメリカに住んでいますが、こちらにも住まいと事務
所があります。どうか来てください」と、甥は言った。

 話し終わったボブは泣いた。

「彼は私達のために、何でもすることができるかもしれなかった。
彼のとても親切な対応が、すごくうれしかったよ。それは本当に、
彼が私達の病弱だったティムを知っていてくださったように思え
た。そして、私達と同じように感じたよ」と、ボブは言った。

「きっと彼はいい人ですよ」と、クラチェット夫人は言った。

「お前もそう思うだろ」と、ボブは言った。
「もし、お前が彼にお会いして、そして話したら、私の言ってい
ることが正しくなくても驚かないでくれ。彼は、ピーターに、もっ
と良い勤め先を紹介してくれると言ってくださった」

「ピーター、よくお聞きよ」と、クラチェット夫人は言った。

「そして、それから」と、ベリンダが言った。
「ピーターは誰かと会社を経営してるでしょうね。そして自分で、
会社を創るのよ」

「お前も加えてやるよ!」と、ピーターは言い返して、ニコッと
笑った。

「それは、あるいは本当かもしれないね」と、ボブは言った。
「そのうちに。けれども、そうなるには沢山の時間がいる。なぁ、
お前。だけど、どんなに時間がかかってもその前に私達は、お互
いに別れることになるだろうね。きっと私達は・・・、かわいそ
うなティムを忘れないだろう。皆、そうだろ。最初に遠い存在に
なったのは、私達の中で、あの子だったもの」

「決して、お父さん!」と、皆が叫んだ。

「そう私は思ってるよ」と、ボブは言った。
「私は分かってるよ、お前達。私達が思い出す時、あの子がどん
なに忍耐強く、そして、あの子がどれくらい愛情にあふれていた
か。あの子は弱かったけど、かわいかった。何もしてやれなかっ
たけど、不満も言わず、私達を明るく、楽しくしてくれた。街中
の人たちにも愛嬌を振りまいて、歌も上手だったね。あの子のお
かげで、救われた人が大勢いるよ。私達は、お互いにたやすくケ
ンカはしないだろう。そして、かわいそうなティムを忘れること
は・・・」

「いいえ、決して、お父さん!」と、また皆が叫んだ。

「私はとても嬉しいよ」と、ボブは小さく言った。
「私はとても嬉しい!」

 クラチェット夫人はボブにキスをした。それから、二人の娘達
も彼にキスをした。そうしたら、次男と三女も彼にキスをした。
そして、ピーターは彼と握手をした。

(病弱なティムの魂よ! 汝の子供らしき本質は、神から与えら
れたもうた!)

「精霊様!」と、スクルージは言った。
「あの病弱な、なんの地位も、財力も権力もない、あのティムが
多くの人達に暖かい心を芽生えさせたのですね。たしかに、短い
人生ですが、手本となる人生だったと思います。ああ、かわいそ
うに・・・。私もあの子のことは忘れません。絶対に・・・。ど
うやら私達の別れる時間が近づいたような気がいたします。精霊
様のお持ちの砂時計の砂が残りわずかになりましたから。私のあ
の亡がらは、どうなるのでしょうか? どうか教えて下さいませ」

 精霊は、以前と同じように何も言わず、スクルージを連れて、
まっすぐに行った。そして、どんなことがあっても立ち止まらな
かった。しかし、スクルージが少しの間、止まるように懇願する
声に気がついた。

「この路地は」と、スクルージは言った。
「今、私達が急いで通って来たここは、私が商売をしている場所。
しかも、長い間、使っている事務所でございます。その建物が見
えます。今はどうなっているのでしょうか? どうか見に行かせ
てくださいませ」

 精霊は立ち止まった。その手はどこか他の所を指し示していた。

「その建物は向うにございます」と、スクルージは言った。
「ほんの少しの距離です」

 無常な指は変化を受けつけなかった。

 スクルージは、彼の事務所の窓の所へ急いで、中をのぞいて見
た。そこはやはり、事務所だった。しかし、彼のではなかった。
 備品が前と同じではなかった。
 イスに座っている人物も知らなかった。
 精霊は前の通りを指さしていた。
 スクルージは、あきらめて精霊に従った。