2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その七

第三章 第二の精霊:その七

「精霊様!」と、スクルージは今までに思ってもみない興味を感
じながら聞いた。
「あの病弱なティムは生きていけるか教えてください」

「私には空いた席が見えるよ」と、精霊は応えた。
「あの貧しい煙突のそばで、これらの幻影が未来の手で消される
ことがなく、このまま残っているものとすれば、その松葉杖は主
を失い、それを大切に使い続けていたあの子は死ぬだろうね」

「ダメです。ダメですよ」と、スクルージは言った。
「ああ、お願いです、親切な精霊様。あの子は助かると言ってく
ださい」

「ああいう幻影は、未来の手で消されないと、そのまま残ってし
まうんだよ。私達の兄弟はこれから先、誰も」と、精霊は断言し
た。
「あの子をここで見つけられないだろうよ。で、それがどうした
というのだい? あの子が死にそうなら、いっそ死んだ方がいい。
そして、過剰な人口を減らした方がいい」

 スクルージは、精霊が、以前、商会にやって来た二人の紳士と
の会話で言った自分の言葉を引用したのを聞いて、頭をうな垂れ
た。そして、後悔と悲嘆の気持ちで胸が締めつけられた。

「旦那」と、精霊は言った。
「旦那の心が石なら仕方ないが、少しでも人間らしい心を持って
いるなら、過剰とは何か、またどこにその過剰があるのかを自分
でみきわめないうちは、あんなよくない口の利き方はつつしんだ
ほうがいいぞ。どんな人間が生きるべきで、どんな人間が死ぬべ
きか、それを旦那が決定しようというのかい? 天の眼から見れ
ば、この病弱で力のない子供のような何百万人よりも、まだ旦那
の方がもっとくだらない、もっと生きる値打ちのない者かも知れ
ないのだぞ! この家族をよく見ろ。旦那には、お金もない貧乏
人の家族にしか見えないかもしれないが、ここには暖かい心を持っ
た家族が力を合わせて暮らしている。それに比べて、旦那の家は
どうだい。お金はあっても心を通わせる者は誰もいない。そのほ
うがよっぽど貧しいと思わないかい? おお神よ、葉の上の虫け
らのような奴が、ほこりの中にうごめいている空腹の兄弟達を見
下し、生命が多過ぎるなどと言うのを聞こうとは!」

 スクルージは、精霊の非難の前に言葉がなく、顔を上げること
ができなかった。ただただ、震えながら地面の上に目を落として
いた。しかし、自分の名前が呼ばれるのを聞くと、急いでその目
を上げた。

「スクルージさん!」と、ボブは言った。
「今日のごちそうの提供者であるスクルージさん。私は貴方のた
めに祝盃を捧げます」

「ごちそうの提供者ですって、本当にねえ」と、クラチェット夫
人は真っ赤になりながら怒りをあらわにした。
「本当に、この辺りにでもあの人がおいでになって、よくご覧に
なればいい。そしたら、腕によりをかけた『ごちそう』を作って、
おもてなししてあげるのにねえ! まあ、あの人のことだから、
何も気にせず、美味しがってムシャムシャ食べることでしょうよ」

「ねえ、お前」と、ボブは言った。
「子供達がいるんだよ! それにクリスマスだよ」

「たしかにクリスマスに違いありませんわね。スクルージさんの
ように、人を遠ざけ、そのくせお金だけとは仲良しで、禁欲で、
分け与えることをしらない人のために祝盃を捧げてあげるんです
から」と、クラチェット夫人は言って、涙声になった。
「私達は貴方がどんな辛い思いをして仕事をしているか知ってい
るわ。私達は貴方にこそ祝杯を捧げたいのよ」

「ねえ、お前」と、ボブは穏かに話した。
「今は不景気だから、どこも大変なんだよ。私のような者が仕事
をさせてもらえるだけでもありがたいことなんだよ」

「それは貴方にその能力があるからよ。あのスクルージさんが、
なんの能力もない人に報酬を払って、長い間、雇うわけがないじゃ
ありませんか」と、クラチェット夫人は涙ぐんで言った。

「クリスマスだよ」と、ボブはなぐさめた。
「私は、皆のためならどんなに辛いことでも耐えられる。だけど
ね、そんなに辛いことはないんだよ。たしかに、スクルージさん
は人には理解されないことがあるけど、それは、このティムと同
じなんだよ。この子の体の辛さはこの子にしか分からないように、
スクルージさんの心がティムの体と同じ状態なんだ。だから、誰
かが手をさしのべてあげないといけないんだよ。そうだったよね、
ティム」

 ティムは、ニコッと笑いながらうなづいた。

「私も貴方のために、また今日のよい日のためにスクルージさん
の健康を祝います」と、クラチェット夫人は言った。
「あの人の心を手助けするために。彼の寿命永かれ! クリスマ
スおめでとう、新年おめでとう! あの人の心に貴方の気持ちが
届きますように! こうして、皆が愉快で幸福でいられるのもあ
の人のおかけですものね。たぶん」

 子供達は母親にならって祝盃を捧げた。彼らには納得のできな
いこともあったが、悪い気はしなかった。
 病弱なティムも一番最後に祝盃を捧げた。それは心のこもった
祝盃だった。

 スクルージは実際、この家族にとっては厄介者だったのだろう。
それは、彼の名前が口にされてからというもの、部屋中に暗い影
が漂ったからだ。そして、それはまる五分間も消えずに残ってい
た。

 その影が消えてしまうと、クラチェット家は、スクルージとい
う害虫でもかたずいたのかと思われるほど安心して、前よりも十
倍は元気にはしゃいだ。
 ボブ・クラチェットは、ピーターのために一つの仕事先の心当
りがあることや、それが叶ったら、毎週五シリング半の報酬が得
られることなどを全員に話して聞かせた。
 弟の二人のクラチェット少年達はピーターが実業家になるんだ
と言って、大変な喜びようだった。そして、ピーター自身は、そ
の幻惑させるような報酬を受取ったら、何かに投資しようと考え
込んででもいるように、シャツの襟に首をすくめて暖炉の火を考
え深く見つめていた。
 続いて、婦人用帽子店の貧しい見習い店員だったマーサは、自
分がどんな種類の仕事をしなければならないかとか、一気に何時
間働かなければならないかとか、明日は休日で一日自宅にいるか
ら、明日の朝はゆっくり休息をするために朝寝坊をするつもりだ
などということを話した。また、彼女は数日前、一人の伯爵夫人
と一人の華族様とを見たが、その貴公子は「ちょうどピーターと
同じぐらいの背の高さだった」と、話した。
 ピーターはそれを聞くと、たとえ皆さんがその場に居合せたと
しても、もう彼の頭を見ることは出来なかったほど、自分のシャ
ツの襟を高く引き上げたものだ。
 その間、栗とポットとは、たえずグルグルと回されていた。
 やがて家族全員は、ティムが、雪の中を旅して歩く迷子のこと
を詩にした歌を唄うのを聞いた。それを唄う彼は、悲しげな小さ
い声を持っていた。だけど、それをとても上手に唄った。

 ボブのような家族のことは、一般的で特にとりたてて言うほど
のことは何もなかった。
 彼らは立派な家族ではなかった。
 彼らはよい服を着てはいなかった。
 彼らの靴は防水からはほど遠かった。
 彼らの服はつぎはぎだらけだった。
 ピーターは質屋の存在を知っていたかもしれない。どうも知っ
ているらしかった。
 けれども、彼らは幸福であった。
 感謝の気持ちに満ちていた。
 お互に仲がよかった。そして、今日に満足していた。
 それで、彼らの姿がぼんやりと淡くなって、しかも別れぎわに
精霊が、いつものようにトーチから振りかけてやった少量の明か
りの中で、もっと幸せに見えた時、スクルージは目をそらさずそ
れらを見ていた。特に病弱なティムを最後まで見ていた。