2014年4月9日水曜日

第一章 マーレーの亡霊:その三

第一章 マーレーの亡霊:その三

 この寒々とした商会の出入口は、スクルージの甥を送り出しな
がら、二人の他の男性を導き入れた。彼らは見るからに楽しそう
にした。そのどちらも、かっぷくのいい紳士だった。そして、今
は帽子を脱いで、スクルージの部屋に立っていた。
 二人の紳士は、それぞれが手に帳簿とメモ帳とを持って、スク
ルージに挨拶をした。

「こちらはスクルージ・エンド・マーレー商会でございますね?」
と、そのうちの一人が手に持った帳簿に照し合わせながら聞いた。
「失礼ながら貴方はスクルージさんでいらっしゃいますか、それ
ともマーレーさんでいらっしゃいますか?」

「マーレー君は死んでから七年になりますよ」と、スクルージは
応えた。
「七年前のちょうど今夜、亡くなったのです」

「それは失礼しました。もちろんマーレーさんの寛容なところは、
お仲間にも引き継がれているのでございましょうな」と、紳士は
紹介状を差出しながら言った。

 確かにその通りだった。というのは、スクルージとマーレーの
二人は似たような性格だったからである。
 寛容なところという気味の悪い言葉を聞いて、スクルージは眉
をひそめた。そして、首を横に振って紹介状を返した。

「今年のこのお祝いの季節に当たりまして、スクルージさん」と、
もう一人の紳士はペンを取り出しながら言った。
「今でも非常に苦しんでいる貧しい者達のために、多少なりとも
施しをするということは、常日頃よりもはるかに尊いことでござ
いますよ。何千人もが必需品に事欠いているのです。何十万人も
がありふれた生活の快適を欠いているのでございますよ、ご主人
様」

「公的な施設はないのですかね?」と、スクルージは聞いた。

「施設はいくらもありますよ」と、紳士は持っていたペンをメモ
帳に置きながら言った。

「それに共立救貧院は?」と、スクルージはたたみかけて質問し
た。
「あれは今でもやっていますか?」

「やっております。今でも」と、紳士は返答した。
「やっていないと申上げられるとよいのですがね」

「公共事業や救貧法も十分に活用されていますか?」と、スクルー
ジは質問した。

「両方とも盛に活動していますよ」と、紳士は返答した。

「おお! 私はまた貴方達が最初に言われた言葉からして、何か
そういうものの有益な運用を阻害するようなことが起こったので
はないかと心配しましたよ」と、スクルージは言った。
「それを聞いてすっかり安心しました」

「そういうものではとてもこの多数の人に対してキリスト教徒ら
しい心身への救済を供給することが出来ていないという印象でご
ざいます」と、紳士は話した。
「私達、数人の者が貧民のために肉なり、飲料なり、燃料なりを
買えるように資金を募集しようと努力しているのでございます。
私達がこの時期を選んだのは、それが特に、貧乏が痛感されてい
るとともに、裕福な方々が喜び楽しんでおいでの時だからでござ
います。ご寄付はいくらといたしましょうか?」

「ない」と、スクルージは言った。

「匿名がお望みで?」と、紳士は聞いた。

「いや、私はほっといてもらいたいのだ」と、スクルージは応え
た。
「何が望みだとお聞きになるから、こう応えたのです。私は自分
でもクリスマスを愉快にすごしてはいない。ですから、堕落した
者を愉快にしてやる義理はない。そもそも、私は多額の税金を払っ
て、今挙げたような公的な施設の維持を助けている。それだけで
も随分かかりますよ。生活がやっていけない者は政府が面倒をみ
ればいいのさ」

「多くの者がそこへ(行こうと思っても)行かれません。また多
くの者は(そんな所へ行く位なら)いっそ死んだ方がましだと思っ
ておりましょう」と、紳士は言った。

「いっそ死んだ方がましなら」と、スクルージは言った。
「そうした方がいい。そして、過剰な人口を減らす方がいいです
よ。それに、失礼ですが、そういう事実は見たことも聞いたこと
もありませんね」

「しかし、ご存知のはずですが」と、紳士は言った。

「いや、知らないし、そんなことは政府に任せればいいさ」と、
スクルージは応えた。
「人間は自分の仕事さえそつなくこなしてればいいんです。他人
の仕事に干渉することはない。私は自分の仕事で年中暇なしです
よ。さようなら、お二人さん!」

 二人の紳士は、自分達の主張を押して説明したところで、時間
の無駄だと思えたので、部屋を後にした。
 スクルージは急に自分が偉くなったように感じながら、いつも
の彼よりはずっと気軽な気持で、再び仕事にとりかかった。

 その間にも霧と闇とはいよいよ深くなったので、人々は馬車を
引く馬の前に立って、その馬車を案内する仕事が欲しいと客引き
しながら、ユラユラと燃えるトーチを持って歩きまわった。
 年数を経た教会の塔にある、そのしわがれ声の古い鐘は、いつ
も壁の中のゴシック調の窓からさめた顔をしてスクルージを見下
ろしていた。しかし、その塔も見えなくなった。そして、雲の中
で、あの高い所にある、あの凍った頭の中で歯ががちがち噛み合っ
てでもいるように、後に余韻をのこして、一時間間隔、十五分間
隔の鐘を打った。

 寒さはいよいよ厳しくなった。
 大通りでは、路地の隅で、二、三人の労働者がガス管の修理を
していた。そして、火鉢の中に火を沢山燃やしていて、その周囲
にぼろを着た男達と子供達の一団が夢中になって手を暖めたり、
炎の前で目を煙たそうに細めながら群がっていた。
 水道の栓は一人ほっておかれたので、その溢れ出る水は急に凍っ
て、世をいみ嫌うような氷になってしまった。
 柊(ヒイラギ)の小枝や果物がぶら下げられた店々。その窓か
らもれるランプの熱に、パチパチと弾けている明るさは、通りが
かりの人々の蒼い顔を赤く染めた。
 鶏肉屋だの食料品屋だのの商売は素晴らしい風景になってしまっ
た。というのも、取引とか売買とかいうような面白くもない原則
をどがいしにして、これと何かの関係があるとは到底思えないよ
うな、華やかなデコレーションをしていたのである。
 市長は堂々とした官邸の城砦の中で、何十人というコックと執
事とに、市長として恥ずかしくないようなクリスマスの用意をす
るように命じた。また、前週の月曜日、酒に酔って流血事件を起
こしたということで、市長から五シリングの罰金に処せられたつ
まらない仕立屋ですら、痩せた女房が赤ちゃんを抱いて、牛肉を
買いに駆け出して行った間に、屋根裏の部屋で明日のプディング
をかき回していた。