2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その九

第三章 第二の精霊:その九

 ふたたび精霊とスクルージは、真黒な、絶えずうねっている海
の上を飛び続けた。
 どこまでも、どこまでも。
 精霊がスクルージに言ったところによれば、どの海岸からもは
るかに離れているらしかった。
 ようやく、ある一艘の豪華客船の上に降りた。
 精霊とスクルージは、舵を手にした操舵手や船首に立っている
見張り役や当直をしている士官達のそばに立った。
 各自それぞれの配置についている彼らの姿は、いずれも暗く亡
霊のように見えた。しかし、その中の誰もがクリスマスの歌を口
づさんだり、クリスマスらしいことを考えたり、または低声で遠
い昔のクリスマスの話をしていた。それには早く故郷へ帰りたい
という希望が自然と含まれているが、その希望を加えて話したり
していた。
 この船に乗っている者は、起きていようが眠っていようが、善
い人であろうが悪い人であろうが、誰でもこの日は一年中のどん
な日よりも、より親切な言葉を他人にかけていた。そして、ある
程度まで今日の祝いを共に楽しんでいた。
 誰もが自分が気にかけている遠くの人達を思いやると共に、ま
たその遠くの人達も自分のことを思い出して喜んでいることをよ
く承知していた。

 風のうめきに耳をかたむけると、その深さは、死のように深遠
な秘密であるかのようで、いまだに知られていない奈落に広がっ
て吹いていた。そして、寂しい暗闇を貫いて、どこまでも進んで
行くということは、なんという厳粛なことだろうか。

 こうして気をとられている間に、一つの心のこもった笑い声を
聞くというのは、スクルージにとって大きな驚きに違いなかった。
しかも、それが自分の甥の笑い声だと知ることは、そして、一つ
の晴れやかな、乾いた明るく広い船室の中に、自分のそばに微笑
みながら立っている精霊と一緒に、甥の招待を断った自分自身が
誰にも見えないとしても、その場に居合わせているということは、
スクルージにとって、とても大いなる驚きだった。
 精霊は、いかにもこの光景が気にいったというような機嫌のよ
さで、甥をじっと眺めていた。

「ははっ! ははっ!」と、スクルージの甥は笑った。
「はははっ、ははっ、はははっ!」

 もし皆さんが、このスクルージの甥より、もっと笑いの絶えな
い幸福に包まれている人を知っていたら、そんなことはありそう
もないけど、(万が一あったとしたら)私もまたその人と知り合
いになりたい。ぜひ私にその人を紹介して欲しい。それほど、ス
クルージの甥の性格は周りまで幸福にした。
 病気や悲しみなどが人に伝染することがある。その中でも、笑
いや快楽ほど、無抵抗で伝染するものは世の中でもこれらしかな
い。それが、誰にでも公明にして公平にあり、貴い調節役となっ
ている。

 スクルージの甥が、こうして脇腹をかかえたり、頭をグルグル
回したり、途方もないしかめ面に顔をひきつらせたりしながら笑
いこけていると、スクルージの姪にあたるその妻もまた、彼と同
じようにキャッキャッと心から笑っていた。
 そこに集まっていた親友達も甥に負けないぐらい、ドッと歓声
を上げて笑いくずれた。

「ははっ、はははっ、はははっ、はは、ははは、はは!」

「あの人はクリスマスなんてバカバカしいと言いましたよ。本当
に」と、スクルージの甥は言った。
「あの人は、貧乏人が粗末なクリスマスに満足しているとね」

「とてもよくないことだわ、フレッド」と、甥の妻は腹立たしそ
うに言った。

 こういう婦人達は愛すべき存在だ。彼女達は何でも中途半端に
しておくということはない。いつでも大真面目である。

 甥の妻は非常に美しかった。とびっきり美しかった。えくぼが
あり、われを忘れるような、素敵な顔をしていた。まるで、キス
されるために造られたかと思われるような、確にそのとおりでも
あるのだが、豊かな小さい口をしていた。頬には、そばかすがあっ
て少女のようにかわいらしく、彼女が笑うと桃色の頬の飾りとなっ
てしまうのだ。それからどんな可憐な少女の顔にも見られないよ
うな、きわめて晴れやかな目をしていた。まとめていえば、彼女
は魅惑的な女性だった。しかし、世話女房のような。おお、どこ
までも世話女房のような女性でもあった!

「変なおじいさんだね」と、スクルージの甥は言った。
「それが本当のところさ。そして、もっと愉快で面白い人である
はずなんだが、そうはいかないんですよ。ですが、あの人が損を
しているということだし、それに、寂しい人生という報いを受け
ていらっしゃいますから、なにも私があれこれ、あの人を悪く言
うことはありませんよ」

「ねえ、あの方はたいへんなお金持なのでしょう、フレッド」と、
甥の妻は、あえて確かめた。
「少なくとも、貴方はいつも私にはそう仰しゃいますわ」

「それがどうしたというんだい?」と、スクルージの甥は言った。
「あの人の財産は、あの人にとって何の役にも立たないんだよ。
あの人は、それを使って何の善いこともしないのさ。それで自分
のいる場所を気持ちよくもしない。いや、あの人は、それでゆく
ゆくは僕達をよくしてやろうと・・・。ははっ、ははは、ははは
は! そう考えるだけの余裕もないんだからね」

「私、もうあの人にはあきれるわ」と、甥の妻は言った。そして、
彼女の姉妹も、その他の婦人たちも皆、賛同した。

「いや、僕はあきれたりはしないよ」と、スクルージの甥は言っ
た。
「僕はあの人が気の毒なんだ。僕は怒ろうと思っても、あの人に
は怒れないんだよ。あの人の嫌な性格で誰が苦しむんだい? い
つでもあの人自身じゃないか。たとえばさ、あの人は、僕達が嫌
がることを思いつく、するともう、ここへ来て、一緒に食事も食
べてくれようとはしない。それで、その結果はどうだというんだ
い? まあ、すごいごちそうを食べ損ったというわけでもないけ
どね」

「そんなことはないわ。あの方はとてもすばらしいごちそうを食
べ損ったんだと思いますわ」と、甥の妻はなぐさめた。
 他の人たちも皆そうだと言った。その証拠に、彼らは、たった
今、ごちそうを食べたばかりで、テーブルの上にデザートだけを
残したまま、ランプをそばにストーブの周囲に集まっていたのだ。
 誰がどう考えても、彼らが満足のいく食事を食べたことは認め
ざるおえないだろう。

「なるほど! そう言われれば僕も嬉しいね」と、スクルージの
甥は言った。
「だって僕は、近頃の若いご婦人達に、あまり共感できないから
ね。トッパー君、君はどう思うね?」

 トッパーは、甥の妻の姉妹達の一人に、明らかに心を奪われて
いた。というのは、独身者は悲惨(みじめ)な仲間外れになるの
を恐れ、そういう問題に対して意見を言う権利がないと応えたか
らだ。
 これを聞いて、甥の妻の姉妹で、バラを挿した方じゃなくって、
レースのショールをかけた豊満な方が顔を真っ赤にした。

「先をおっしゃいよ。フレッド、さあ」と、甥の妻は両手を叩き
ながら言った。
「この人は、しゃべりだしたことをけっしておしまいまで言った
ことがないのよ。本当におかしな人!」

 スクルージの甥は、また夢中になって笑いこけた。そして、そ
の感染を防ぐことは不可能だった。
 甥の妻の豊満な妹などは香りのあるさく酸で、笑いをこらえよ
うと懸命になった。しかし、こらえきれず、その場にいた全員と
一緒に彼の笑いにつられて笑った。

「僕はただこう言おうと思ったのさ」と、スクルージの甥は続け
た。
「あの人が僕達を嫌って、僕達と一緒に愉快に遊ばない結果はね、
僕が考えるところでは、ちっともあの人の損にはならないはずの
快適な時間を失ったことになると思うんだよ。確かにあの人は、
あのカビ臭く古ぼけた事務所や、ほこりだらけの部屋の中で、自
分一人で考え込んでいたんじゃ、とても見つけられないような愉
快な相手を失っているしね。あの人が好むか好まなくても、僕は
毎年こういう機会をあの人にさしあげるつもりですよ。だって僕
はあの人が気の毒でたまらないんですからね。あの人は死ぬまで、
僕達のクリスマスをけなしているかもしれない。だけど、それに
ついてもっとよく考えなおさなければいけなくなるでしょうね。
僕は、あの人に挑戦しますよ。僕は、上機嫌で毎年毎年、『伯父
さん、御機嫌はいかがですか?』と、訪ねて行くつもりだよ。そ
れが、あのあわれな書記に五十ポンドでものこしておくような気
にしてあげられたら、それだけでも多少のことはあったと言える
だろから。それに、僕は昨日、あの人の心をゆさぶってあげられ
たように思うんだよ」

 甥がスクルージの心をゆさぶらせたなどというのがおかしいと
いって、今度は全員が笑い始めた。しかし、彼は心の底から性格
のいい人で、とにかく彼らが笑いさえすれば何を笑おうとあまり
気にかけなかった。それどころか、自分も一緒になって笑って全
員の喜び楽しむのを盛り上げるようにした。そして、愉快そうに
お酒を回した。

 食後の紅茶を済ませてから、彼らは二、三の音楽を楽しんだ。
というのは、彼らは音楽好きの集まりでもあったからだ。
 グリーやキャッチを唄った時には、皆、なかなかのできばえだっ
た。特にトッパーは巧みな歌唱力があり、最も低い声で唄った。
だけど、その声で唄ったにもかかわらず、額に太い筋も立てなけ
れば顔中を真っ赤にすることもなかった。
 甥の妻はハープを上手に弾いた。そして、色々な曲を弾いた中
に、ちょっとした小曲(ほんのつまらないもの、二分間で覚えて
さっさと口笛で吹けそうなもの)を弾いたが、これはスクルージ
が、過去のクリスマスの精霊によって思い出させてもらったとお
りに、児童養護園からスクルージを連れに帰ったあの女の子、甥
の母親がよく演奏していたものだった。
 この曲の一節が鳴り渡ったとき、あの時の精霊がスクルージに
見せてくれた、すべての出来事が残らず彼の心によみがえってき
た。
 スクルージの心は、だんだん和らいできた。そして、数年前に
何度かこの曲を聴くことが出来たら、彼はジェイコブ・マーレー
を埋葬するような、この歳まで老いて、墓守に手助けされるよう
に、孤独な人生を歩むことはなく、自分自身の手で自分の幸福の
ために人の世に親切を広められたかもしれなかったと考えるよう
になった。