2014年4月10日木曜日

第二章 第一の精霊:その四

第二章 第一の精霊:その四

 精霊は、一つの部屋にスクルージを招きいれ、読書に夢中になっ
ている若い頃の彼の姿を指さして見せた。
 突然、外国の衣服を身に着けた、見る目には驚くほど立派で目
立つ一人の男性が、ベルトに斧をはさんで、薪を積んだ一頭のロ
バの手綱を取りながら、部屋の窓の外側に現れた。

「何だ、アリ・ババじゃないか!」と、スクルージは我を忘れて
叫んだ。
「正直なアリ・ババのじいさんだよ。そうだ、そうだ、私は覚え
てる! いつかのクリスマスの頃に、あそこにいるあの独りぼっ
ちの子が、たった一人、帰る場所がなく残されていた時、始めて
あのじいさんがちょうどああいう風にしてやって来たんだ。かわ
いそうな子だな! それからあのバレンタインも」と、スクルー
ジは言った。
「それからあの乱暴な弟のオルソンも。あれあれ、あそこへ皆で
行くぞ! 眠っているうちにタイツをはいたまま、ダマスカスの
門前に捨てておかれたのは、なんとかいう名前の男の子だったよ! 
貴方にはあれが見えませんか? それから守護神が、上下さかさ
まにして置いた、帝王(サタン)の子分は。ああ、あそこに頭を
下にして置かれている! いい気味だな。私にはそれが嬉しい!
あんなずる賢い奴と、お姫様がなんで結婚しなければならないん
だ!」

 スクルージが笑うような泣くような突拍子もない声を出し、こ
んなことで無邪気な自分をすっかりさらけだしている。そうした
彼のいかにも嬉しそうな興奮した顔をロンドンの商売仲間が見聞
きしたら、本当に驚いたことだろう。

「あそこにオウムがいる!」と、スクルージは叫んだ。
「草色の体に黄色い尻尾、頭のてっぺんからレタスのようなもの
をはやしていた。あそこにオウムがいるよ。かわいそうなロビン
ソー・クルーソー。彼が小船で島を一周して帰って来た時、その
オウムは呼びかけた。『かわいそうなロビンソー・クルーソー。
どこへ行って来たの、ロビンソー・クルーソー?』クルーソーは
夢を見ていたのだと思ったが、そうじゃなかった。オウムだった。
ご存知でしょ。あそこにフライデーが行く。小さな入江に向かっ
て、命からがら駆け出して行く、しっかり! おーい! しっか
り!」

 それからスクルージは、いつもの性格とはまるで別人のように
急激な気の変りようで、昔の自分をあわれみながら「かわいそう
な子だな!」と、言った。そして、また涙があふれた。

「ああ、ああしてやればよかったな」と、スクルージはガウンの
袖で涙をふいてから、ポケットに手を突込んでどこを見るでもな
くつぶやいた。
「だが、もう遅いな」

「一体どうしたというんだね?」と、精霊が聞いた。

「何でもないんです」と、スクルージは言った。
「何でもないんです。昨日の夜、私の事務所の出入り口で、クリ
スマスキャロルを唄っていた子供がいたんです。何かやればよかっ
たと思ったんですよ。それだけのことです」

 精霊は意味ありげに微笑した。そして「さあ、もっと他のクリ
スマスを見ようじゃないか」と、言いながら、その手を振った。

 その言葉で一瞬に、昔のスクルージ少年の姿は成長していた。
そして、児童養護園の部屋は少し暗く、そして、とても汚くなっ
ていた。
 床板は縮み上がって、窓のそばの壁には亀裂が入っていた。
 天井からは漆喰(シックイ)の破片が落ちてきて、そこは下地
の木目が見えていた。しかし、どうしてこういうことになったか
ということは、皆さんには分らないのと同じように、スクルージ
にも分っていなかった。ただそれが、たしかに事実だったという
ことは、彼にも分っていた。
 どんなことも、かつてそのとおりに起っていたのだ。
 他の子供達が皆、楽しいクリスマスの休日をすごすために家へ
帰って行ったのに、ここでもまたスクルージ少年は一人残ってい
た。

 今、スクルージ少年は読書をしていなかった。なぜかがっかり
したように落ち着きがなかった。
 スクルージは精霊の方を見た。そして、悲しげに頭を振りなが
ら、心配そうに出入り口の方をじろりと見た。

 その出入り口のドアが開いた。それから、スクルージ少年より
もずっと年下の少女が矢のように飛び込んで来た。そして、彼の
首のまわりに両腕を巻きつけて、何度も何度もキスしながら「お
兄ちゃん、お兄ちゃん」と、呼びかけた。

「ねえ、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんのお迎いに来たのよ」と、
その小さな手を叩いたり、小首を傾けておじぎをするようにして
笑ったりしながら、その少女は言った。
「一緒に自宅(うち)へ帰るのよ。自宅へ! 自宅へ!」

「自宅へだって? ファン」と、スクルージ少年は聞いた。

「そうよ!」と、その少女は飛び跳ねて言った。
「自宅にいていいのよ。ずっと自宅へよ。お父さんもこれまでよ
りはずっとやさしくしてくれるの。それで、本当にもう自宅は天
国のようよ! この間の夜も、寝ようと思ったら、それはそれは
やさしくお話をしてくれたんだから。私も勇気を出して、もう一
度、お兄ちゃんが自宅へ帰って来てもいいかって聞いてみたのよ。
そしたら、お父さんは、ああ、帰って来させよう、だって。そし
て、お兄ちゃんのお迎いに来るように私を馬車へ乗せてくれたの
よ。だから、お兄ちゃんもいよいよ大人になるのね!」と、少女
は目を大きく見開きながら言った。
「そして、もう二度と、ここへ帰って来ないのよ。でも、その前
に私達はクリスマス中、一緒にいるのね。そうよ、世界中で一番
楽しいクリスマスをするのね」

「お前はもうすっかり大人だね、ファン!」と、スクルージ少年
は叫んだ。

 少女は手を叩いて笑った。そして、スクルージ少年の頭に触ろ
うとしたが、あまりに小さかったので、また笑って爪先立ちしな
がら、やっと彼に抱きついた。それから彼女は、いかにも子供ら
しく一生懸命に彼を出入り口の方へ引っ張って行った。
 スクルージ少年もウキウキしながら少女といっしょに出て行っ
た。

 誰かが出入り口で、声を荒げていた。
「スクルージさんの荷物を運んで来い。そら!」

 二人が広間に行くと児童養護園の園長が立っていた。
 園長は、今まで見せたことのない恩着せがましい態度でスクルー
ジ少年を迎え入れた。そして、かたい握手をしてきたので、彼は
気味が悪く、寒気がした。
 それから園長は、スクルージ少年とその妹とを、まるで古井戸
の底かと思うほど寒々しい客間へ連れて行った。そこには壁に地
図がかけてあり、窓のそばには天体儀と地球儀とが置いてあった。
その両方とも寒さで青白くなっていた。
 ここで園長は、妙に軽いワインのデカンタと、妙に重い菓子の
ひとかけらとを持ち出して、スクルージ少年と妹に、それらのご
ちそうを一人分ずつ分け与えた。それと同時に馬車の御者の所へ
も「何か」の一杯を痩せこけた召使に持たせてやった。しかし、
御者は「それはありがとうございます。だけど、この前いただい
たのと同じお酒でしたら、もう結構でございます」と、受け取ら
なかった。

 スクルージ少年の荷物はその時にはもう馬車の上にくくりつけ
られていたので、スクルージ少年と妹はただもう心から悦んで園
長に別れを告げた。そして、いそいそと馬車に乗り込んで、菜園
の中の曲がり道を笑い声をまき散らせながら走り去った。
 回転の速い車輪は馬車から風をおこし、常緑樹の濃い葉を揺ら
してしぶきを飛ばし、霜だの雪だのをけ散らして行った。

「いつもひ弱な、ひと吹きの風にも枯れてしまいそうな子だった」
と、精霊は言った。
「だが、心は大きな子だよ!」

「そうでした」と、スクルージは肩を落とした。
「そのとおりです。私のただひとりの理解者でした精霊様。かけ
がえのない妹よ!」

「彼女は大人になって死んだ」と、精霊は言った。
「ただ、子供を残したんじゃないかい?」

「そう、一人の子を」と、スクルージは応えた。

「それが」と、精霊は言った。
「お前の甥だ!」

 スクルージは顔をくもらせた。そして、そっけなく「そうです」
と、応えた。