2014年4月11日金曜日

第四章 第三の精霊:その二

第四章 第三の精霊:その二

 精霊とスクルージは、街の中へ入って来たような気がほとんど
しなかった。というのは、むしろ街の方から自分たちの周囲にこ
つぜんとわき出して、自ら進んで精霊とスクルージをとりまいた
ように思われたからだ。しかし、(どちらにしても)精霊とスク
ルージは街の中心にいた。
 そこは取引所で、商売人達が集っている広いフロアにいた。
 商売人達は忙しそうに行きかい、ポケットの中でお金をザクザ
クと鳴らしたり、いくつかのグループになって話しをしたり、時
計を眺めたり、何か考え込みながら自分の持っている大きな黄金
の刻印をいじったりしていた。その他、スクルージがそれまでに
よく見かけたような、色々なことをしていた。

 精霊は、商売人達の小さなひとかたまりのそばに立った。
 スクルージは、精霊の片手が彼らを指差しているのを見て、彼
らの会話を聞こうと歩み寄った。

「いや」と、恐ろしくあごの大きな太った男性が言った。
「どちらにしても、それについちゃ、よくは知りませんがね。た
だあの男が死んだってことを知っているだけですよ」

「いつ死んだんですか?」と、もう一人の鮮やかな金髪の男性が
聞いた。

「昨晩だと思います」と、あごの大きな男性が応えた。

「だって、一体どうしたというのでしょうな?」と、またもう一
人の男性が、非常に大きな嗅ぎタバコの箱からタバコをうんと取
り出しながら聞いた。
「あの男ばかりは、永遠に死にそうもないように思ってましたが
ね」

「そいつは誰にも分りませんね」と、あごの大きな男性があくび
をしながら言った。

「あの男の財産はどうなったのでしょうね?」と、鼻のはしに雄
の七面鳥のえらのようなコブのある赤ら顔の男性が言った。

「それも聞きませんでしたね」と、あごの大きな男性が、またあ
くびをしながら言った。

「あの男には、たしか甥がいたでしょう」と、金髪の男性が言っ
た。

「その甥ですがね、アメリカに移住して成功したらしいですな。
今、船でこっちに向かっているようですが、葬儀には間に合うわ
けないのにね。そう、それで、あの男の財産を相続するのは拒否
したらしいですよ」と、タバコを手にした男性が言った。

「それじゃ、財産は政府のものになるのか」と、金髪の男性が残
念そうに言った。
「まあ、私に残していくはずはないがね。ああ、それでか。酒場
で役人が浴びるほど酒を飲んでいたよ」

 皆、苦笑いした。

「これで、当分増税はないね」と、あごの大きな男性が言うと、
皆、こんどはどっと笑った。

「すごく安っぽい葬儀でしょうな」と、タバコを持った男性が言っ
た。
「私の住んでる周辺では、誰かがそこに行くというのは私は知ら
ないからね。まさか私達がやることになるんですかね?」

「食事会をするならやってもいいがね」と、赤ら顔の男性が言っ
た。
「当然、その一人になるなら、食えるだけは食わせてもらわなくっ
ちゃね」

 皆はまた大笑いをした。

「なるほど。そうすると、皆の中では結局、僕が最も無関心なん
だね」と、あごの大きな男性が言った。
「僕はこれまでまだ一度も黒い手袋をはめたこともなければ、葬
儀の食事を食べたこともないからね。しかし、誰か行く人がいりゃ、
僕も行きますよ。考えてみれば、僕はあの男の最も親密な友人で
なかったとはいえませんからね。道端で会えば、いつでも立ち止
まって話しをしたものですから。それじゃ、いずれまた」

 話をした者も聞いていた者も、それぞれの方向に歩き出した。
そして、他のグループへ混ってしまった。
 スクルージは、この人達を知っていた。そこで、説明をしても
らうために精霊の方を見た。
 精霊は、スクルージが何も言っていないのに、それを察したよ
うに進んで、ある街の別の取引所の中へ滑り込んだ。そして、精
霊の指は立ち話しをしている二人の紳士を指した。
 スクルージは、今の説明の応えはこの中にあるのだろうと思っ
て、再び耳をかたむけた。
 スクルージは、この人達もまたよく知りつくしていた。彼らは
実業家だった。大金持で、しかも非常に有力者だった。
 スクルージは、この人達からよく思われようと、始終、心がけ
ていた。つまり、商売上の評価だけで、厳密に商売上の評価だけ
で、よく思われようとしたのである。

「や、今日は?」と、一人の紳士が言った。

「おや、今日は?」と、もう一方の紳士も挨拶をした。

「ところで」と、最初の紳士が言った。
「奴もとうとうくたばりましたね。あの地獄行きがさ。ええ」

「そうだそうですね」と、相手の紳士は言った。
「それで寒くなくなったよ」

「クリスマス間近のこの季節にふさわしいね。ところで貴方はス
ケートをなさいませんでしたか?」と、最初の紳士が聞いた。

「いえ、いいえ。まだ他に考えることがありますから。さような
ら!」と、相手の紳士は言った。

 この他に二人の紳士からは一言もなかった。これがこの二人の
出会いで、会話で、そして、別れだった。

 最初、スクルージは、精霊がみるからにこんなささいな会話を
重要だとしているのにあきれかえろうとしていた。しかし、これ
には何か隠れた思惑があるのだろうと思い直したので、それはいっ
たいなんだろうとよくよく考えてみた。
 あの会話が、元の共同経営者だったジェイコブ・マーレーの死
になんらかの関係があるとはどうも想像されない。というのは、
それは過去のことで、この精霊の領域は未来であるからだ。最初
のグループの会話の中の「甥」というのは気にはなったが、自分
の甥がアメリカに移住するとは思えないし、精霊の持っている砂
時計が、自分の死を暗示するのなら、砂がなくなっていると思っ
たから、自分のことではないと考えていた。だからといって、自
分と直接関係のある者で、あの会話にあてはまりそうな者は一人
も考えられなかった。しかし、誰にそれがあてはまろうとも、自
分自身の改心のために、何か隠れた教訓が含まれていることは少
しも疑われないので、スクルージは自分の聞いたことや見たこと
は、すべて大切に覚えておこうと決心した。そして、自分の幻影
が現われたら、特にそれに注意しようと決心した。というのは、
彼の未来の幻影の行動が自分の見失った幸せへの手がかりを与え
てくれるだろうし、また、これらの謎の解決を容易にしてくれる
だろうという期待を持っていたからである。