2014年4月11日金曜日

第三章 第二の精霊:その一

第三章 第二の精霊:その一

 スクルージは、自分の発する怖いぐらいに大きないびきで目を
覚ました。そして彼は、ベッドから体を起こして頭を少し振り、
完全に目を覚まそうとした。というのは、もうそろそろ時を告げ
る鐘が夜の一時を打つ頃だと分かっていたからだ。
 ジェイコブ・マーレーの言っていた次に来る精霊を出迎え、交
渉するには、ぎりぎりの時間に起きてしまったとスクルージは思っ
た。しかし、今度の精霊はベッドの周りのどのカーテンを引き寄
せて入って来るのだろうかと、それが気になりだすと、どうも気
味の悪い寒さを背中に感じたので、彼は自分の手でカーテンを残
らずわきへ寄せた。それからまた横になると、鋭い目をベッドの
周囲に放ちながら、じっと警戒していた。というのは、今度は彼
のほうから精霊が出現するその瞬間に、戦いを挑んでやろうと思っ
たからだ。
 スクルージは、また不意打ちされないようにと、冷静さを保っ
た。

 威厳を装う紳士は、常に冷静であることを自慢している。そし
て、人災から天災まで、どんなことでも覚悟しているという態度
で身構えているが、その反面、何にでもチャレンジすることで自
分の能力の優れていることを示そうとする。
 なるほど、この両極端の間には、ある種の共通点があるのかも
しれない。
 スクルージがそこまで思いきったことをすることはないのだが、
私は、彼が不思議な得体の、ある程度の攻撃を覚悟し、一生のう
ちで、どんなことが起きても彼を驚かすことはできないだろうと
いうことを皆さんに理解してもらいたい。

 ところが、スクルージは、どんなことが起きても対処できる心
構えをしてはいたが、何も起きないことにはなすすべがなかった。
だから、時を告げる鐘が夜中の一時を打っても、何の姿も現れな
かった時、なんともいえない恐怖で体が震えた。
 五分、十分、十五分と経っても、何一つ出てこない。その間、
スクルージは、ベッドの天井で、赤々と燃え立つような光を浴び
ながら横になっていた。
 その光は、教会の鐘が夜中の一時を告げた時に、そのベッドの
天井から流れだしたものである。そして、それがただの光であっ
て、しかもそれが何を意味しているのか、何をどうしようとして
いるのか、さっぱり理解ができなかったので、スクルージにとっ
ては、前の夜中に来た最初の精霊の時よりも困惑していた。
 スクルージが、その光だけしか変化がなかったことで安心する
より、まれにみる自然発火ですべてが燃えつきるのではないかと、
時々不安になった。しかし、最後に彼も考え出した。

 それは皆さんや作家の私なら最初に考えついたことなのだが、
こういう火災が起きた時には、どういうふうに行動しなければな
らないかを知っているし、またきっとその行動を実行するだろう。
そんな冷静な行動が出来るのは、私達にさしせまった危険がなく、
その状況の中にいる当事者ではないからだ。
 では話を続けよう。

 スクルージもよくよく考えて、その怪しい光の出所が壁一枚隔
てた隣の部屋にあるのではないか、そして、光の射してくる方向
をたどると、どうもその隣の部屋のドアからもれているのではな
いかとの考えに達した。そこで、彼は、ベッドから起き上がり、
スリッパをはいて、隣の部屋のドアの方に恐る恐る歩み寄った。

 スクルージの手が、隣の部屋のドアの鍵にかかったその瞬間、
耳慣れぬ声が彼の名前を呼んで、彼に中に入れと命じた。思わず
彼はそれに従った。