2014年4月13日日曜日

目次


第一章 マーレーの亡霊
   その一  その二  その三  その四  その五  その六
   その七  その八  その九

第二章 第一の精霊
   その一  その二  その三  その四  その五  その六
   その七

第三章 第二の精霊
   その一  その二  その三  その四  その五  その六
   その七  その八  その九  その十  その十一

第四章 第三の精霊
   その一  その二  その三  その四  その五  その六
   その七  その八  その九

第五章 この出来事の終わり
   その一  その二  その三  その四  その五  その六

2014年4月12日土曜日

第五章 この出来事の終わり:その六

第五章 この出来事の終わり:その六

 スクルージは、貧困をなくすために、率先して指導し、人々の
不満の中に新しい仕事の種があることを、手本を見せて気づかせ
た。すると、さびれた街に活気がよみがえった。それは、多くの
人達に知られるようになった。やがて、隣のさびれた街にも活気
が戻り、停滞した町が生き返り、過去の歴史の中で、最もすばら
しい自治市として発展していった。

 人々の一部には、スクルージが豹変したのを見て笑う者がいた。
しかし、彼は、そうした人達を笑わせておいた。今までの彼の行
動を知っている者には無理もないことだ。そんなにすぐに信用さ
れないことを彼は十分に承知していた。彼らは、彼がどんな体験
をしてきたか、なにも知らないのだから。

 次にスクルージは、世の中が、お金に振り回される悪循環をな
くすために、誰も所持できず、必要な時にだけ使える新たな通貨
の提案をした。しかし、始めは人々の中に参加しない者がいたり、
その突拍子もない提案をバカにして笑う者もいた。

 新たな通貨を受け入れた人々の中にも、他の通貨と交換しよう
としたり、どうにかして利益を得ようとする者がいて、なかなか
その良さを理解されなかった。

 スクルージは、試行錯誤を繰り返し、辛抱強く新たな通貨の啓
発に努めた。これには、ボブが力を発揮した。貧乏な暮らしをよ
く知っているボブは、人々の目線で説明した。そして、同じよう
に、人々にも知恵を出してもらった。

 やがて新たな通貨は、貧困をなくし、誰もが対等の立場になれ
ることが理解されるようになった。しかし、政府にとっては、今
までの通貨が無価値となることで、社会に混乱をもたらすと警戒
されるので、政府に妨害されないように、まずはグループを作り、
そのグループだけで使える通貨とした。

 新たな通貨は、単位をティムとしたことで、ティム通貨と呼ば
れるようになり、ティムの話を知った人々は、グループに加わり、
ますますティム通貨を信頼するようになった。
 最初は利益が得られないボランティアのように考えていた生産
者や商売人も社員の報酬を今までの通貨で払う必要がなくなるの
で、余剰の作物や商品をティム通貨で取引きするようになった。
 ティム通貨を使うことで、貧しい人達の生活が安定し、今まで
の通貨を外貨と考えて、安く出来た商品を売って外貨を稼ぐこと
で、今までの通貨の流通はどんどん減っていった。すると、今ま
での通貨が目減りした資産家の中にもティム通貨を使うグループ
に加わる者が現れた。そして、通貨そのものには、なんの価値も
ないことに人々は気づき始めた。

 スクルージは、十分に手を尽くした。そのため、ティム通貨は
彼の手から離れて、人々に浸透していった。それで、彼の心は笑っ
ていた。

 ところで、スクルージは、精霊とはそれ以来、会うことはなかっ
た。しかし、以前の彼に戻ることはなく、感謝の気持ちを忘れず
に生活した。そうしたことは、その後も変わることはなかった。
そして、人々は、彼を見直して、評価は高まっていった。

 スクルージは、クリスマスを大いに祝い、その意義を広めていっ
た。もし、それを知れば、誰だって夢中になるだろう。

 未来は、スクルージが精霊と見たものとは大きく変化した。し
かし、一つだけ変わらないものがあった。それは、ティムが考え
ていた「困っている人に手を差しのべる」という、助け合いの精
神だ。もちろん、元気になったティムもその考えを変えることは
なかった。そして、ティムは率先して実行した。

 私達の社会も本当に変われるかもしれない。それは、私達のす
べてにかかっている!
 
 神は私達を祝福する。そのすべての人を!


 終わりに

 クリスマス・キャロルは、色々な対立や偏見から和解する物語
ではないだろうか?
 「金持ち」と「貧乏人」、「老人」と「若者」、「健常者」と
「身体障害者」、そして、宗教対立などが、この物語にはある。
 「差別」という言葉は、今では悪いイメージで使われているが、
差別しなければ、自分と相手との違いが分からない。
 人間は、見た目は同じでも、その生き方はまったく別の生き物
と考えたほうがいい。(これは人間の脳が未成熟で生まれること
から可能性のあることだ)
 それぞれが違う生き物なのだから、生き方が違って当たりまえ。
 それなのに、大多数が正しい生き方で、少数の生き方は認めな
い。あるいは劣っていると思うことが問題なのではないだろうか?
 例えば、目の不自由な人が行動しやすい環境を整備する。これ
は、大多数の健常者にとっては意味のないことかもしれない。で
も、突然、真っ暗闇になった時、安全な場所まで誘導して助けて
くれるのは目の不自由な人ではないだろうか?
 その時、どちらが優秀で、どちらが劣っているといえるのか?
 真っ暗闇で作業をしなければいけない時、目の不自由な人に仕
事をしてもらえば、あえて照明をつける必要なない。
 厄介なのは、少数の者も大多数に偏見と憎しみを持つことだ。
 人間は弱い。自分の生活が少しでも脅かされると思うと、すぐ
に他者を排除しようとする。それを代行するのが「政府」だ。
 政府は、人間の弱みにつけこんで、対立をあおり、あたかも厄
介な仕事を自分達がしてやるといった親切ごかしでさらに状態を
悪化させ、そのくせ税金という報酬を搾り取る。
 大多数の者も少数の者も、それで安心した生活が約束されると
思い込んでいる。
 ユダヤ人は一時期、政府のない「流浪の民」だった。この時期
には対立のしようがないし、一人一人が活動自由な状態だった。
もちろん、税金を自分達の政府に搾り取られることもない。(自
分の住んでいる国の政府には税金を払うが、嫌ならいつでもその
国を捨てることができる)ところが、イスラエルを建国すると、
すぐに対立が芽生え、中東戦争まで起きている。
 最初にあげた対立は、政府にとって思うつぼで、本当に対立し、
排除しなければいけない相手は誰なのか、よく考えることだ。
 私は、すべての政府がなくなった時、平和が実現すると確信し
ている。

第五章 この出来事の終わり:その五

第五章 この出来事の終わり:その五

 次の朝、スクルージは早くから自分の事務所にいた。そう、彼
は早くからそこにいたのだ。
 もし、スクルージがそこに最初に一人だとしたら、もしそうだ
とすれば、ボブ・クラチェットのほうが遅く来ることになるので、
ボブに強く言える!
 スクルージは、そうなればしめたものだと、ボブが遅刻するこ
とにも望みをかけた。だから、彼は早めに出社したのだ。そう、
彼はそうしたのだ。

 時計は九つの時の音を告げた。
 ボブは来ない。
 十五分が過ぎた。
 ボブはまだ来ない。彼は完全に十八分三十秒の遅刻をした。
 スクルージは、事務所の出入り口のドアを広く開けて部屋に戻
り、いつもの自分のイスに座った。彼は、牢獄のような小部屋に
ボブが入って行くのを待ち望んだ。

 ボブは帽子を脱いだ。彼は事務所の出入り口の開いたドアの前
だ。次に彼は毛糸のマフラーも同じようにはずした。そして、彼
は、なにごともなかったかのように、すぐに彼の丸いイスへ直行
した。それと同時に、ペンを握ると仕事をしていたかのように装っ
た。その彼のペンは、絶えず精力的だった。もしかしたら、九時
に追いついてくれるのではないかというように、彼は挑戦してい
るようだった。

「おはよう!」と、スクルージはうなった。彼のいつもの声で、
できるだけいつもの口調で、彼は平静を装うことができた。
「ボブ君。君はどういう理由で、今頃、ここへ来たのかね?」

「大変申し訳ありません」と、ボブは言った。
「私は遅刻いたしました」

「君もそれを認めるのか?」と、スクルージは繰り返した。
「そう、私もそう思うよ。時間は貴重だ、有効に使わないとな。
ボブ君、ちょっとここへ、来たまえ」

「こんなことは年に一度だけでございます」と、ボブは、まさし
く牢獄にいるような気持ちで弁解しながら、小部屋のドアを出た
ところで立ち止まった。
「こんなことは繰り返さないようにいたします。昨日、私は少し
気を抜きすぎました」

「ところでだ。あのな、ボブ君」と、スクルージは言った。
「私はこの程度の仕事では、報酬を見直さなければと考えている
んだよ。それだから・・・」
 スクルージはイスから立ち上がり、ボブに近づいて話を続けた。
そして、ボブのチョッキに人差し指をひどく突き立てたので、ボ
ブはよろめいて再び牢獄に後退した。
「それだから、私は君の報酬を上げることにした!」

 ボブは震えた。そして、すぐそばの物差しを手に持った。また、
彼はとっさに思いついた。この物差しでスクルージを打ち倒して
動けなくする。そして、人々を呼び、法廷で苦境にあるチョッキ
を助ける。

「メリークリスマス! ボブ君」と、スクルージは言った。真剣
に、間違いなく。そして、ボブの肩をポンと叩いた。
「メリークリスマス! ボブ君。君は私の親友だ。その君に私は
長年の間、失望を与えていた。だから、私は君の報酬を正当なも
のにしたいんだ。そして、君の苦労しているご家族を助けるため
に努力を惜しまないよ。それから、今日の午後すぐに、私達の仕
事を見直そうじゃないか。もう、私は君に辛い仕事を押しつけた
りはしない。これからは社会を善くするために貢献しようじゃな
いか」

「は、はぁ」と、ボブはまだ何が起きたのか理解できないといっ
た様子で、力のない声を出した。
「でも、どうして? 何があったんですか?」

「君が驚くのも無理はないな。今までの私のしていたことは、あ
まりにもひどすぎた」と、スクルージは言って、自分の過去を振
り返った。
「私は恐れていたんだ。私がユダヤ人だということで、皆から偏
見を持たれるのではないかと、いつもおびえていた。それで、金
持ちになれば、大きな力を手に入れ、身を守れると思った。たし
かに、お金は私の身を守ってくれたよ。しかし、そのおかげで、
最も大切なものを遠ざけてしまった。恋人や暖かい暮らしの中で
育まれる家族。それらが、どんなに大切な存在だったか、バカな
私には気づかなかった。私こそ、皆に偏見を持っていたんだ。貧
困に苦しんでいる人達を軽蔑し、社会のお荷物で、堕落した役立
たずだと思い込んでいた。ところが、君のところのティム君は、
自分の病弱で体の不自由なことを隠そうともせず、皆に理解して
もらおうと努力している。あえて弱い自分をさらけだし、周りの
人達の暖かい心を呼び起こそうとしている。こんなに大切で、か
けがえのない存在を死んでもかまわないと思っていた私は、なん
ておろかで、堕落した人間だったのか。ティム君を救おう。彼を
少しでも健康にしたい。そうさせてもらえないだろうか? ボブ
君」

「あ、ありがとうございます!」と、ボブは祈るように言った。
「ありがとうございます、スクルージさん。私は貴方に心から感
謝いたします」

「それだよ、ボブ君。私達はこれから、一人でも多くの人から、
その感謝の言葉を集めるんだ。お金を集めるよりも、もっと大事
な、最高の仕事だ。それに気づかせてくれたのは、ボブ君、君な
んだよ。君にはすばらしい能力がある。だからこそ、いつまでも
私のそばにいて欲しいと思っているんだよ。私こそ、君に心から
感謝するよ。君に許してもらえるように努力するよ」と、スクルー
ジは言って、ボブの手を握った。
「私は、君の手をこんなに凍えさせていたんだね。さあ、ボブ君、
火をおこそう。そして、石炭バケツをもう一つ買おう。私のとは
別に、君の前のストーブのもね。ここへは、これから大勢の人達
が凍えた体でやって来る。その人達を暖められるように、部屋全
体を春のように暖かくしようじゃないか」

 スクルージは、約束したことよりもよくした。彼はすべて実行
をした。もともと、彼には才能があり、それをお金集めから、社
会に貢献する仕事に集中させたので、すばらしい結果をもたらし
た。彼は、いたるところに気を配り、ささいなことにも気づかっ
た。そして、病弱なティムにも愛情を注いだ。
 驚いたことに、ティムは死ななかったのだ。
 スクルージは、ティムのもう一人の父親になった。彼は、ティ
ムのよい遊び相手になった。

第五章 この出来事の終わり:その四

第五章 この出来事の終わり:その四

 スクルージは教会へ行った。それから、通りの周囲を歩いた。
そこで、あちらこちらに急いでいる人々を見た。そこにいた子供
達に感心した。また、貧しい人々の相談にのった。
 ある家のキッチンの様子が目にとまった。そこで、窓まで近づ
いた。そうした、あらゆるものがスクルージの楽しみをもたらす
ことができることに気がついた。
 スクルージは、いまだかつて、どんなに歩いても気になるもの
はなく、驚きに満ちているとは夢にも思わなかった。いたる所の
なにもかもが、彼に、とても多くの幸福を与えることができた。
 午後になって、スクルージは向きを変え、彼の甥の家に向かっ
て進んだ。

 スクルージはしばらくの間、甥の家の前を通過した。やがて意
を決して、彼は勇気を出して、出入り口のドアをノックした。
 どうにかこうにか、スクルージは勢いをつけて、ノックをした。
「あの、ご主人は、ご在宅ですか?」と、スクルージは出て来た
家政婦に言った。

「ご主人様は、お出かけです。どちら様でしょうか?」と、家政
婦は礼儀正しく聞いた。

「ご主人は、私の甥なんです。もしや船上パーティでは?」と、
スクルージは聞き返した。

「これは失礼いたしました。そうです。ご主人様は、たった今、
港に向かわれました」と、家政婦はニコリと微笑みながら言った。

 スクルージは、家政婦に港の船の場所を聞くと、お礼とクリス
マスの挨拶をして、すぐに港に向かった。

 港は広く、停泊している船も多かったが、スクルージは現在の
クリスマスの精霊と乗船した船の記憶をたどりながら、一隻の豪
華客船を探し当てた。そして彼は、出港の準備をしていた船員に
声をかけた。
「あの、この船に、エベネーザー・フレッドさんは乗船されまし
たか?」と、スクルージは聞いた。

「もちろん。この船をチャーターした方だからね。貴方も招待さ
れたのですか? もうじき出港しますよ。さあ、乗船してくださ
い」と、船員は応えた。

「いや、そうじゃないんだ。その人は私の甥でね。ちょっと、こ
こへ呼んで来てもらえないだろうか? スクルージと言えば分か
るよ」と、スクルージは申し訳なさそうに言った。

 船員は、スクルージをジロジロと見て、了解すると、船に乗り
込んで行った。
 しばらくして、スクルージの甥が船員と一緒に現れた。

「伯父さん! どうしてここが? そんなことはどうでもいい。
さあ、一緒に行きましょう」と、甥は喜びを抑えきれない声で言っ
た。

 甥は、スクルージを先に乗船させると、船員に出港するように
小声で伝えた。

 広い船室では、すでに甥の大勢の親友達が談笑していた。そこ
に、スクルージが現れたものだから、一瞬にして緊張がはしり、
寒々とした雰囲気になった。
 スクルージのことを知っている者は、突き刺すような目で彼を
見た。中には彼に借金でもあるのか、おびえて目をそらす者もい
た。しかし、彼を知らない者は、噂で聞いていた人物とは別人の
ような彼の姿に戸惑っていた。
 一人だけ大喜びの甥は、スクルージを皆に紹介した。
 スクルージは、すべての人の冷たい視線をあえて受け入れ、す
べての人に目をやった。

「皆さん、こんにちは。少しだけ私にお時間をください」と、ス
クルージは頭を下げて話し始めた。
「皆さんはもうご存知かもしれませんが、私はこのフレッドに、
クリスマスはバカバカしいと言い、彼が地獄に落ちたのを見たい
と言いました」

 この話を聞いたことがなかった者の中から、驚きの声が上がっ
た。

「伯父さん、僕は全然、気にしてませんよ」と、甥はスクルージ
を弁護するように言った。

「そうです。本当に言ってしまったのです」と、スクルージは話
を続けた。
「その言葉を撤回しても、彼にどんなに心からの謝罪をしても、
過去を取り消すことはできません。しかし、皆さん。未来はまだ
白紙です。私は、残りわずかな人生をすべて彼への心からの謝罪
に使います。そして、私はたった今から仕事、いえ、お金を集め
るという無意味な遊びから引退いたします。皆さんのような若い
人達の行く道を邪魔しません。私の財産はすべて、社会のために
役立てます。フレッド、お前には財産を残してやれない。もっと
も、お前は最初から私の財産なんか当てにはしていなかったね。
お前は、私が援助しなくても必ず成功するよ。心配はいらない」

「はい、伯父さん! ありがとうございます」と、甥は言い、ス
クルージと握手を交わした。

「皆さん、私は心から言います。神よ、クリスマスを祝福したま
え。メリークリスマス! そして、新年おめでとう!」と、スク
ルージは叫んだ。

「奇跡だ!」と、甥の親友の一人、トッパーが叫んだ。
「クリスマスの日に奇跡が起こったんだ! 我々は奇跡を目撃し
てるんだ! すごいぞ!」

 どこからともなく拍手が起こり、喝采に包まれた。

「それでは皆さん、楽しい時間を邪魔しました。失礼いたします」
と、スクルージは言って、船室を出ようとした。それを、甥が引
き止めた。

「伯父さん、僕達と一緒にパーティをしましょう。僕の夢を叶え
てください。お願いです」と、甥は祈るように言った。

「しかし、私にはここにいる資格はないよ」と、スクルージは言っ
た。

「そんなことありませんわ」と、甥の妻が言った。
「伯父様がいてくださったら、最高のパーティになりますわ」

 また、どこからともなく拍手が起こった。そして、全員にそれ
は伝染した。

「あ、ありがとう」と、スクルージは甥の妻に言って、頭を下げ
た。
「本当にありがとう。その言葉だけで私は救われたよ。皆さんに
も、ありがとうございます」

「伯父さん、それに船はもう出港してるんですよ」と、甥は言っ
た。
「ですから、パーティが終わるまでは、港には戻れませんよ。申
し訳ありませんが、しばらくここにいてください」

「そりゃ、そうしてもらわないと」と、トッパーが言って笑った。

 全員に笑いが感染した。

「それじゃ、しかたないな」と、スクルージは言った。その甥の
気づかいに、彼は胸が熱くなって、言葉をつまらせた。
「皆さん・・・、ありがとうございます。今夜は私の人生で最高
のパーティになるでしょう」

 それは慈悲だ。
 スクルージの心は震えていた。
 すぐにスクルージは皆と打ち解けた。彼は現在のクリスマスの
精霊と一度、皆と会い、よく知っていたからだ。
 まったく誰もが元気にならずにはいられなかった。
 甥の妻もちょうどスクルージと同じようなまなざしだった。
 トッパーが紹介された時、彼もそうだった。
 甥の妻の姉妹達の一人、豊満な方の妹が紹介された時、彼女も
そうだった。
 誰でも紹介された時、彼らも同じまなざしをしていた。
 最高のパーティ。
 最高のゲーム。
 最高の一体感。
 最高の幸福!

第五章 この出来事の終わり:その三

第五章 この出来事の終わり:その三

 スクルージがヒゲを剃ることはやさしい仕事ではなかった。そ
れは、彼が笑い続けていたので、カミソリを持つ手がとても揺れ
ていたからだ。そして、剃ることは注意をようするものだ。大げ
さに言えば、踊らない時でさえ、慎重にすることだ。しかし、も
し彼が誤って、彼の鼻がつけねから離れたとしても、彼は一つの
バンソウコウを傷の上にはっただけでも、かなり満足したはずだ。

 スクルージは、自分のすべての洋服の中で、彼の最も気に入っ
た洋服を着た。そして、彼はついに外の通りへ出た。
 人々はこの時、以前に見たことのある行動をしていた。
 スクルージは、この人々を現在のクリスマスの精霊と一緒に見
ていたのだ。そこで、懐かしそうに歩きだした。彼は手を後ろに
していた。彼は、行き交う人達をだれかれとなく見つめ、うれし
そうに微笑んだ。その時の彼は、楽しさがおさえられないように
見えた。それは陽気な老紳士の姿だった。だから、三、四人の機
嫌のいい人達が声をかけた。
「おはようございます。あなたにもメリークリスマスを」 
 このことをスクルージは、後にしばしば言った。
「あれは私が以前に聞いた、すべての楽しげな声の中で、最も楽
しげに私の耳に感じた」

 スクルージは、それほど遠くまで歩いていない所で、前方から
来る、かっぷくのよい紳士に気がついた。その紳士は、前日に彼
の事務所にやって来て、寄付を求めたので追い返したその人だっ
た。
「こちらはスクルージ・エンド・マーレー商会でございますね?」
と、その紳士の言葉がよみがえった。
 その言葉がスクルージの心をよぎり、心苦しさを与えた。もし、
彼がその紳士に声をかけた時、どんな態度で、この紳士は彼を見
るだろう。しかし、彼はいい考えがあると、歩道で正直に申し出
ようと紳士の前で立ち止まり、そして、彼は自ら罰を受け入れた。

「もし、貴方」と、スクルージは言って、彼は紳士に歩み寄り、
そして、愛想よく紳士と握手した。
「こんにちは。昨日、私は貴方にお会いしたのですが、もうお忘
れでしょうか? あっ、そうだ。メリークリスマス!」

 かっぷくのよい紳士は、スクルージに寄付を断られ、追い返さ
れたことを忘れてはいなかった。しかし、その時の彼とはまるで
別人のような態度だったので、思い違いをしているのかと不安に
なった。
「メリークリスマス。スクルージさん?」と、紳士は聞き返した。

「はい」と、スクルージは応えた。
「それが私の名前です。そして、私はそれが貴方には不愉快かも
しれないと不安でなりません。貴方に許してほしいのです。たし
かにあの時、貴方達がおっしゃったように、多くの人々が貧困に
苦しみ政府の対応に不満を感じて、死にたいと思っていることを
私は知っていました。私はそれに目をそむけていたのです。どう
か私にも貴方達に協力をさせてください」

 そこでスクルージは、紳士の耳にささやいた。

「おお!」と、紳士は叫んだ。彼は呼吸が奪われたようだった。
「スクルージさん、貴方、本気ですか?」

「もし貴方に喜んでいただけるのでしたら」と、スクルージは言っ
た。

「ちっともかまいません。それはとても多くさかのぼってのご寄
付となります。本当ですよ。またどうして、貴方はそんなに親切
にされる気になったのでしょうか? ええ、貴方」と、紳士は言っ
て、スクルージと握手をした。
「私はなんと言ったらよいか。そのように惜しみなくご寄付して
くださるとは」

「なにもおっしゃらないでください」と、スクルージは言った。
「しかし、それだけでは一時しのぎにしかなりません。それを使
い切った後には、もっと辛い生活が貧困に苦しんでいる人達を襲
うでしょう。ですから、根本的な対策が必要です。貧困に苦しん
でいる人達は、貧困の不満、それ自体が仕事だということに気づ
いていないのです」

「それは、どういうことでしょうか?」と、紳士は聞いた。

「私の商売は、人々の不満を買い取り、それを良くするアイデア
を売っていたのです。不満を改善する商品やサービスを考えれば、
それが仕事になり商売になるのです。彼らはいつも商売の種を持っ
ているのですよ」と、スクルージは応えた。

「なるほど」と、紳士は納得した。

「それと」と、スクルージは言って、話を続けた。
「財産を持っている者と持たざる者は、同じなのです。例えば、
目の不自由な人がいますね。この明るい場所で私達から見れば、
それは不自由です。しかし、真っ暗闇ではどうですか? 私達は
何も見えず不自由になりますが、目の不自由な人にとってはいつ
もと同じです。このことと、財産を持っている者と持たざる者は、
同じなのです」

「私には、よく分かりませんが」と、紳士は首をかしげた。

「ようするに、財産を持っている者の通貨を使おうとするから、
持たざる者は貧乏ということになるのです」と、スクルージは説
明した。
「ですから、持たざる者だけが使える通貨を造るのです。ただし、
この通貨は他の通貨に交換することは出来ず、個人で所有するこ
とも出来ません。使う人全員の所有物として、必要な時だけ借り
て利用するのです。これには、生産者や商売人にも参加してもら
い、収入を元に戻してもらいます。そのかわり、資材や商品の仕
入れ、社員への報酬の支払いをする時にも、この通貨を利用して
いただければ、今までの通貨を稼ぐといった苦しみがなくなり、
通貨は留まることがなく、循環することになります」

「これは、皆の財布を一つにするということですか?」と、紳士
は聞いた。

「そうともいえますね。しかし、政府はこの通貨を本当の通貨と
は認めないでしょう。だから、物のやり取りをしても税金を取ら
れることはありません。本当の通貨の移動はないのですからね」
と、スクルージは言った。
「もっと詳しいことをお話しさせていただきたいのですが。近い
うちに私の事務所に会いに来てください。貴方は私に会いに来て
いただけますか?」

「もちろん!」と、紳士は言った。そして、それは確実で、彼は
それを実行するつもりだった。

「ありがとうございます」と、スクルージは言った。
「私は、貴方にすごく感謝いたします。私は、とても感謝いたし
ます。ありがとうございます!」

第五章 この出来事の終わり:その二

第五章 この出来事の終わり:その二

 スクルージは、急いで窓まで走って行き、一つの窓を開けた。
そして、彼は身をのり出した。
 外は、霧もなければ、かすみもない。澄んで、明るく、愉快で、
壮快な寒さが心地よかった。
 寒々とした風が笛を吹いて、生命が踊るようだ。
 金色の日光。
 天国のような空。
 清らかで新鮮な空気。
 陽気なベルの音。
 おお、すばらしい!
 すばらしいぞ!

「ちょっと君! 今日は何日だね?」と、スクルージは叫び、真
新しい服を着て、下を向いたまま歩いていた少年に呼びかけた。

 少年は、辺りを見回し、声のした方を探して、スクルージと目
が合った。

「ええ?」と、少年は聞き返した。彼は力いっぱい驚いていた。

「今日は何日だね? そう君だよ」と、スクルージは言った。

「今日?」と、少年は耳を疑った。
「何を言ってるんですか。今日はクリスマスの日じゃないですか」

「そうだ、クリスマスの日だ!」と、スクルージは自分自身に言
い聞かせた。
「私は間に合った。精霊様達はそのすべてを一夜でされたんだ。
精霊様達は好きなように何でもできるんだ。いや、神様がなされ
たのかもしれない。そうだ神様なら出来る。神様がそうなされた
んだ。おはよう。少年!」

「おはようございます!」と、少年はあいさつをした。

「ところで君は、鶏肉屋を知ってるかい? 次の通りをもう一つ、
その角の・・・」と、スクルージは聞いた。

「行ったことがあると思います」と、少年は応えた。

「賢い少年だな!」と、スクルージは言った。
「賢い少年よ! 君は、その店先に掛けられていた七面鳥が売れ
たかどうか知ってるかい? 小さい方の七面鳥じゃなくって、一
番大きい方の七面鳥だよ」

「ええ、一番、僕くらい大きいのですか?」と、少年は聞き返し
た。

「ほほほっ、面白い少年だ!」と、スクルージは言った。
「彼と話すと愉快だな。そうだよ、君」

「それなら、その店先に今でも掛かってますよ」と、少年は応え
た。

「まだあるのか?」と、スクルージは言った。
「君、それを買って来ておくれ」

「ご冗談でしょ!」と、少年は叫んだ。

「いや、いや」と、スクルージは言った。
「私は真面目だよ。その大きい七面鳥を買って来ておくれ。そし
て、店の人にそれをここえ持ってくるように言っておくれよ。私
は店の人に、どこへそれを持っていくか指示を与えるから、運ん
でくれる人を連れて戻っておいで。そしたら私は君に1シリング
あげるよ。五分以内にその人と戻っておいで。そしたら私は君に
もう半クラウンあげるよ」

 少年はすぐに去った。彼は震えない手で銃の引き金をひいたに
違いない。そうでなければ、誰があんなにすばらしい速さですぐ
に去ることができるだろう。

「私はそれをボブ・クラチェットへプレゼントしよう」と、スク
ルージはささやいた。彼は手をこすった。そして、おかしくてた
まらず笑った。
「彼はそれが誰からのプレゼントか知らないんだ。それは、あの
病弱なティムのサイズの二倍はある。ジョー・ミラーはこんな冗
談は絶対に創作しないね。ボブにそれをプレゼントしたらどうな
るだろう!」

 スクルージは、メモする紙を探して、それにボブの家の住所を
急いで書いた。だから、その文字は一つも落ち着いていなかった。
しかし、彼はなんとかそれを書き終わった。そして、階段を下り
て行き、出入り口のドアを開けて、鶏肉屋の人が来るのを待った。
彼はそこに立って、ウキウキして到着を待った。ドアのノッカー
が彼の目にとまった。

「私はこれを見るたびに思い出そう。そして、君の言葉を大事に
するよ。私が生きてる限り!」と、スクルージは叫んだ。彼は愛
情をこめた手で、やさしくノッカーをパタパタと鳴らした。
「私は前からこのノッカーをほとんど見ていなかった。なんて、
正直そうな表情をしたお顔だこと。なかなかすばらしいノッカー
だ。やあ、こっちだよ! 七面鳥をここに。おはよう! ほう!
どうだい調子は? メリークリスマス!」 

 それは、立派な七面鳥だった!
 この七面鳥はとてもじゃないが自分の脚では立つことができそ
うもない。もし立とうとすれば、その脚はポキンと折れるだろう。
それも、もろく瞬間にだ。シーリングワックスの棒のようにだ。

「おや、これは無理だ。カムデン・タウンに運べないな」と、ス
クルージは言った。
「あんた、荷馬車にしてくれよ」と、スクルージはクスクスと笑っ
て言った。そして、彼はクスクスと笑って、七面鳥の支払いをし、
荷馬車の支払いをし、少年に約束のお駄賃もあげた。ただ一人、
クスクスと笑いすぎてしまった。

 スクルージは、部屋に戻ると息をきらして彼のイスに座り、ふ
たたび、また彼は泣くまで、クスクスと笑った。

第五章 この出来事の終わり:その一

第五章 この出来事の終わり:その一

 そうだ!
 そのベットの支柱はスクルージの部屋の物だった。
 ベットもスクルージの物なら、部屋も彼自身のものだった。
 すべてが最もよく、そして最も幸福だった。
 スクルージは、以前の時間に戻った彼自身だった。そして、目
が覚めるもうろうとした中に、あの砂時計の黄金に輝く砂が、ま
だ少し残っている幻影を見た。

 改心することができる!

「私は過去のことを心に刻んで暮らします。現在、そして、未来
のことも!」と、スクルージはベットからはいだしながら、以前
の言葉を繰り返した。
「出会った精霊様すべてが、私の中で励ましてくれるだろう。お
お、ジェイコブ・マーレーよ! 君の、その重い鎖からすぐに楽
にしてあげるよ。安心しておくれ。そして、クリスマスの時間は、
必ず君のことを思い出すよ。そして、感謝の言葉を贈るよ。親愛
なるジェイコブよ。感謝します!」

 スクルージは、流れる血の暖かさを感じ、胸が躍るようで、そ
れが彼のよい意志を輝かせた。
 スクルージの衰弱した声で投げかけた言葉に返事はなかった。
しかし、彼が激しくすすり泣く中で、彼は精霊が身近にいること
を感じた。だから、彼の目から涙があふれた。 

「部屋のどこも、荒らされていないぞ!」と、スクルージは叫ん
だ。
 スクルージは、腕の中に彼のベッドのカーテンの一つを抱き寄
せた。
「どこも引きちぎられてない。リングもすべて、ここにある。私
もここにいる。あれは精霊様が見せてくださった、今までの私が
たどる幻影だったのだろう。やり直せるかもしれない。彼らに会
おう! 私は彼らに気づいたんだ!」

 スクルージの手は、着替えをしようとして慌しく、パジャマを
脱ぎ始め、裏返しに回したり、止めて上下にしたり、涙したり、
置き忘れたり、集めたりして、喜びを爆発させた。そして、あら
ゆる親切をとほうもなく考えた。

「私は、これから何をしたらいいか分からないよ!」と、スクルー
ジは叫んだ。そして、笑ったり、泣いたりを同時にした。

 混乱したスクルージは、靴下を使っておどけてみたりした。

「私は羽のように軽い。私は天使のように楽しい。私は学生のよ
うに陽気だ。ああ、目が回る。酒に酔った人みたいだ。皆さん、
クリスマスおめでとう! 新年おめでとう! 世界中の皆さん! 
新年おめでとう! おーい、戻ったぞ! ほーう! おはよう!」

 スクルージは、ベッドの上ではね回った。そして、今はそこに
立っていた。完全に息切れした。

「シチュー鍋がある。中にオートミールのシチューがあった!」
と、スクルージは叫んだ。それだけで元気が出て、また騒ぎ始め
た。そして、暖炉の周りをはね回った。
「ドアがある。あそこからジェイコブ・マーレーが入って来たん
だ。あの部屋には現在のクリスマスの精霊がいて、座っていたん
だ。窓もある。私はさまよっている友人達を見たんだ。それは確
かだ。それはすべて本当だ。それはすべて起こったんだ。ははっ、
はははっ、はははははっ!」

 本当に、スクルージの長い人生の中で、それは表現したことの
ない笑いだった。最高に愉快な笑いだ。彼のどの祖先よりも、人
生の長い道のりの中でも、特に輝く笑いだった。

「私には、今が何月の何日か分からない」と、スクルージは言っ
た。
「私はどれぐらい長く、精霊様が私に寄り添ってくださったのか
分からない。私には何も分からないよ。私はまるで生まれたばか
りだな。だが、少しも心配はない。私は心配しないぞ! 私はむ
しろ生まれ変わろう。おはよう! ほーう! おーい、戻ったぞ!」

 スクルージの喜びは突然、妨害された。彼が夢中になっていた
ところ、近くの教会で、すごく大きなとどろきが響き渡った。そ
れを彼は以前に聞いたことがある。

 ゴーン、カーン、とハンマー!
 ディン、ドン、とベル!
 ベルが、ドン、ディン!
 ハンマーが、カーン、ゴーン!
 おお、すばらしい!
 すばらしいぞ!

第四章 第三の精霊:その九

第四章 第三の精霊:その九

 やがて精霊とスクルージは、鉄の門まで到着した。
 スクルージは入る前に、ちょっと立ち止まり、辺りを見た。

 教会の墓地。
 そこは価値のある場所だった。
 壁をめぐらせた家のそばで、芝生や雑草がはびこっていた。
 草木の生長は終わり、枯れていた。
 得体のしれない生き物が、とても多く埋まり、悪臭を放ってい
た。
 毒々しい鮮やかな色のキノコが、おうせいな食欲で太っていた。
 価値のある場所だ!

 精霊は立ち止まって、その中の一つの墓石を指さした。
 スクルージは、ブルブルと震えながらそちらに歩み寄った。
 それでも精霊は、まったくそのままだった。しかし、スクルー
ジは恐れた。彼はその厳粛な姿の中に新しい意味を見出した。

「あなたの示す墓石に私が近づく前に・・・」と、スクルージは
言った。
「私の一つの質問に答えて下さい。これが私の墓ということでしょ
うか? それとも、ボブの子のティムの墓ということでしょうか?
どちら?」
 スクルージは、自分には立派な墓を造れるぐらいの財産があり、
これは貧乏なボブの子のティムの永眠する墓で、精霊はまだ自分
に何かの教訓を与えようとしていると思った。

 まだ精霊は下向きに示し、そして、それは立っている殺風景な
墓石に向けられていた。

「精霊様のお持ちの砂時計は、きっと私の人生が終わる前兆を教
えてくれるのでしょう。どちらにしても、もし、この悲しみを我
慢したら、精霊様は、私を導いてくださるのですね」と、スクルー
ジは言った。
「しかし、もし、私が人生をやり直したとしたら、その終わりは
変わるでしょう。ここで何を精霊様は私に示そうとしているので
しょうか? それを教えてください」

 精霊は依然として動かなかった。

 スクルージは、墓石に向かって忍び足で歩いた。彼は震えなが
ら行った。そして指に従い、墓石の上を読むと、誰も訪れること
のないこの墓石に彼自身の名前があった。
 エベネーザー・スクルージ。

「そんなはずはない! 私の墓はもっと立派なはずだ!」と、ス
クルージは膝をついて叫んだ。

 精霊の指は、墓石からスクルージの方に向けられた、そして、
また元に戻った。

「なぜこんなことに・・・、精霊様! 私がユダヤ人だからです
か? もしそうだとしたら、マーレーにあんな立派な墓は出来な
かったはず・・・。ああ、まさか、私は財産を誰にも指一本、触
れさせないと、遺言でもしたのでしょうか? 今までの私なら考
えられることです。おお、なんてバカなことを!」と、スクルー
ジは叫んだ。

 スクルージは、精霊が哀れむような目で、自分を見ているよう
に感じた。

「精霊様!」と、スクルージは泣いた。そして、精霊のローブを
グイッとつかんだ。
「お聞き下さい。私は以前の私ではありません。私は以前のまま
ではいられないでしょう。私はそうに違いありません。もし、こ
の体験がなければ、私は気づくことが出来ませんでした」

 精霊の持っている砂時計の砂が、あと少しとなった時、スクルー
ジは胸を締めつけられるような苦しさを感じた。

「もし、私に・・・望みがまったく・・・ないのでしたら・・・。
なぜ・・・私に・・・こんなに・・・辛い・・・体験をさせ・・・
るのですか?」と、スクルージは息絶え絶えに言った。

 この時、初めて精霊の手は震えるように見えた。すると、スク
ルージの苦しさが少し和らいだ。

「善良なる精霊様!」と、スクルージはおいすがった。地面を下
へ上へと、彼は精霊の前にひれ伏した。
「精霊様のお力で、私にチャンスをお与えください。そして、私
に慈悲深い行いを・・・。私は約束します。私はまだ変われます。
私は精霊様から見せていただいた、これらの幻影により、もっと
改心いたします」

 情け深い精霊の手は震えた。

「私は心の底からクリスマスを尊びます。そして、一年中それを
守ってみせます。私は過去のことを心に刻んで暮らします。現在、
そして、未来のことも・・・。すべての精霊様へ。私は努力いた
します。私は皆様に教えていただいた教訓をよくかみ締め、面倒
なことから目をそらしたりはいたしません。おお、私に、この墓
へ入るまでの少しの猶予を与えてもよいと、私におっしゃってく
ださい!」と、スクルージは祈った。

 精霊は苦悩しているようだった。
 スクルージは精霊の手をつかんだ。
 精霊はそれを離そうとした。しかし、スクルージは強く、心か
ら握り締めた。そして、精霊を引き止めた。
 精霊は、より強く、スクルージを突き放した。

 スクルージは、手を上げて最後の祈りを捧げた。すると、彼の
運命は永久に取り消された。彼は精霊のフード、そしてローブの
中に変化を見た。それは縮まり、崩壊した。そして、ベットの下
の支柱の中へ小さくなった。

第四章 第三の精霊:その八

第四章 第三の精霊:その八

 家族全員が、暖炉の火の周辺に集まった。そして、話し合った。
 クラチェット夫人と二人の娘達は、まだ裁縫の仕事をしていた。
 ボブは、スクルージの甥がとても親切にしてくれたことを皆に
語り始めた。その甥とは、ただ一度しか会ったことがなかった。

 その日、ボブは街の路地でスクルージの甥が自分の方に向かっ
て歩いて来るのを見かけ、立ち止まった。

「貴方をほんの少し知っています」と、ボブは言った。

 甥は、ボブの顔を見て、心苦しそうに近づいて立ち止まった。

「どこかへお出かけですか?」と、ボブは聞いた。
「貴方が以前、事務所で愉快な話をされたのを聞きました」

「クラチェットさん。私は心からお詫びします」と、甥は言った。
「そして、貴方の素敵な夫人にも心からお詫びいたします」

 ボブは、この甥がどうしてクラチェット夫人のことを知ってい
たのか分からないとつぶやいた。

「何を知っているのがですって、貴方?」と、クラチェット夫人
が、ボブの話に割り込んで聞いた。

「なぜ、お前が素敵な夫人だと」と、ボブは応えた。

「皆、そんなことは知ってるよ」と、ピーターは言った。

「とてもよく見ているね、それでこそ私の子だ!」と、ボブは言っ
て微笑んだ。そして、話を続けた。

「心からお詫びします」と、スクルージの甥は言った。
「そして、貴方の素敵な夫人にも心からお詫びいたします。いず
れにしても、もし私が貴方に役に立つことができるなら・・・」
 甥は、ボブに名刺を渡した。
「私は今、アメリカに住んでいますが、こちらにも住まいと事務
所があります。どうか来てください」と、甥は言った。

 話し終わったボブは泣いた。

「彼は私達のために、何でもすることができるかもしれなかった。
彼のとても親切な対応が、すごくうれしかったよ。それは本当に、
彼が私達の病弱だったティムを知っていてくださったように思え
た。そして、私達と同じように感じたよ」と、ボブは言った。

「きっと彼はいい人ですよ」と、クラチェット夫人は言った。

「お前もそう思うだろ」と、ボブは言った。
「もし、お前が彼にお会いして、そして話したら、私の言ってい
ることが正しくなくても驚かないでくれ。彼は、ピーターに、もっ
と良い勤め先を紹介してくれると言ってくださった」

「ピーター、よくお聞きよ」と、クラチェット夫人は言った。

「そして、それから」と、ベリンダが言った。
「ピーターは誰かと会社を経営してるでしょうね。そして自分で、
会社を創るのよ」

「お前も加えてやるよ!」と、ピーターは言い返して、ニコッと
笑った。

「それは、あるいは本当かもしれないね」と、ボブは言った。
「そのうちに。けれども、そうなるには沢山の時間がいる。なぁ、
お前。だけど、どんなに時間がかかってもその前に私達は、お互
いに別れることになるだろうね。きっと私達は・・・、かわいそ
うなティムを忘れないだろう。皆、そうだろ。最初に遠い存在に
なったのは、私達の中で、あの子だったもの」

「決して、お父さん!」と、皆が叫んだ。

「そう私は思ってるよ」と、ボブは言った。
「私は分かってるよ、お前達。私達が思い出す時、あの子がどん
なに忍耐強く、そして、あの子がどれくらい愛情にあふれていた
か。あの子は弱かったけど、かわいかった。何もしてやれなかっ
たけど、不満も言わず、私達を明るく、楽しくしてくれた。街中
の人たちにも愛嬌を振りまいて、歌も上手だったね。あの子のお
かげで、救われた人が大勢いるよ。私達は、お互いにたやすくケ
ンカはしないだろう。そして、かわいそうなティムを忘れること
は・・・」

「いいえ、決して、お父さん!」と、また皆が叫んだ。

「私はとても嬉しいよ」と、ボブは小さく言った。
「私はとても嬉しい!」

 クラチェット夫人はボブにキスをした。それから、二人の娘達
も彼にキスをした。そうしたら、次男と三女も彼にキスをした。
そして、ピーターは彼と握手をした。

(病弱なティムの魂よ! 汝の子供らしき本質は、神から与えら
れたもうた!)

「精霊様!」と、スクルージは言った。
「あの病弱な、なんの地位も、財力も権力もない、あのティムが
多くの人達に暖かい心を芽生えさせたのですね。たしかに、短い
人生ですが、手本となる人生だったと思います。ああ、かわいそ
うに・・・。私もあの子のことは忘れません。絶対に・・・。ど
うやら私達の別れる時間が近づいたような気がいたします。精霊
様のお持ちの砂時計の砂が残りわずかになりましたから。私のあ
の亡がらは、どうなるのでしょうか? どうか教えて下さいませ」

 精霊は、以前と同じように何も言わず、スクルージを連れて、
まっすぐに行った。そして、どんなことがあっても立ち止まらな
かった。しかし、スクルージが少しの間、止まるように懇願する
声に気がついた。

「この路地は」と、スクルージは言った。
「今、私達が急いで通って来たここは、私が商売をしている場所。
しかも、長い間、使っている事務所でございます。その建物が見
えます。今はどうなっているのでしょうか? どうか見に行かせ
てくださいませ」

 精霊は立ち止まった。その手はどこか他の所を指し示していた。

「その建物は向うにございます」と、スクルージは言った。
「ほんの少しの距離です」

 無常な指は変化を受けつけなかった。

 スクルージは、彼の事務所の窓の所へ急いで、中をのぞいて見
た。そこはやはり、事務所だった。しかし、彼のではなかった。
 備品が前と同じではなかった。
 イスに座っている人物も知らなかった。
 精霊は前の通りを指さしていた。
 スクルージは、あきらめて精霊に従った。

第四章 第三の精霊:その七

第四章 第三の精霊:その七

 静かだった。
 非常に物静かだった。
 いつも騒がしい次男と三女は、石像のように片隅で静かだった。
そして、ピーターを見上げながら座っていた。そのピーターは、
本を広げていた。
 クラチェット夫人とマーサとベリンダは、一生懸命に裁縫の仕
事をしていた。そして、この三人もまた、非常に静かにしていた。

 ただそこには、病弱なティムの姿はなかった。

(そして彼は子供を連れて行った。そして、彼らのまん中に彼を
置く)

 どこでスクルージはそれらの言葉を聞いたのか?
 スクルージは、それまでそれを夢に見たこともなかった。彼と
精霊が家に入ったので、ピーターがそれらを朗読したのに違いな
い。
 なぜ、ピーターは朗読を止めたのだろう?

 クラチェット夫人は、裁縫の手を止めた。そして、テーブルの
上に縫いかけの品物を置いて、顔に手を当てた。

「私の目には色が苦痛だねぇ」と、クラチェット夫人は言った。

「色が?」と、マーサが聞いた。

「時々、目がかすむんだよ」と、クラチェット夫人は応えた。
「ロウソクの光で弱くなるんだろうね。私は、お父さんがお帰り
の時には、どんなことがあっても、弱くなった目を見せたくない
と思ってるんだよ。もうそろそろお帰りの時間だね」

「遅いぐらいだよ」と、ピーターは言って、広げていた本を閉じ
た。
「お母さん。お父さんは前よりも少し遅く歩くようになったと思
うよ。この少し前の夕方も・・・」

 皆、ふたたびとても静かになった。
 ついにクラチェット夫人は言った。とても落ち着いた機嫌のい
い声だった。しかし、一度だけ口ごもった。
「私は知ってるよ。お父さんが歩いて・・・。私は知ってるよ。
お父さんが歩いて、病弱だったティムを肩車してね。ほんとうに
とても速く・・・」

「僕も覚えてるよ」と、ピーターは言った。
「よく見かけたよ」

「私も覚えてるわ」と、三女が同じように言った。

 皆がそうだった。

「まったく、お父さんはとても軽々と肩車していたね」と、クラ
チェット夫人は言うと、また裁縫の仕事の続きをやり始めた。
「そしてお父さんは、あの子を愛していたから、それは苦痛じゃ
なかったんだよ。苦痛・・・。おや、ドアが・・・、あなた達、
お父さんよ!」

 クラチェット夫人は、ボブを出迎えるために出入り口へ急いだ。
そして少しして、首に毛糸のマフラーを巻きつけたボブ(彼には
それが必要だった。気の毒な人・・・)が、入った。
 ボブの紅茶が、暖炉の棚の上に準備ができていた。そして、誰
もが彼の着替えを手伝おうと、彼ら全員で先を争っていた。
 それから、次男と三女は、ボブのそばに座り、そして、それぞ
れが小さな頬を彼の顔にほおずりした。

(気を落とさないで、お父さん。悲しまないで)
 そう二人は言っているようだった。

 ボブは、皆と一緒にいることで、とても機嫌がよかった。そし
て、家族全員で楽しく話をした。
 ボブは、テーブルの上に置いてあった裁縫された品物に気がつ
いた。そして、クラチェット夫人と娘達の巧みさと速さを褒め称
えた。

「この三人でやれば、日曜日よりずっと前に仕上がるだろうね」
と、ボブは言った。

「日曜日? 今日も行ったんですね、ロバート」と、クラチェッ
ト夫人は言った。

「そうだよ、お前」と、ボブは応えた。
「お前も行けるとよかったんだけど。あの、今でも花束の絶えな
い光景をお前も見れば、どんなによかっただろう。だけど、お前
はいつでもそれを見られるからね。私は日曜日には必ずそこに行
くことを、あの子に約束したんだよ。私のかわいい。かわいい、
あの子に!」と、ボブは泣きだした。
「私のかわいいティム!」

 ボブは突然、泣き崩れた。彼はティムを助けることができなかっ
たのだ。もし、彼がティムを助けることができたら、彼とここに
いる子供達は、おそらくティムを遠い存在に感じることになった
だろう。

 いつかティムが教会で考えていた「自分の不自由な体を見せる
ことで、困った人に手をさしのべる人が増えれば街中が楽しくな
る」という話は、街中に噂となって口伝いに広がり、誰もが心を
暖かくし、ティムの考えていたとおりに、困った人に手をさしの
べる人が増えていった。それを見とどけて安心するかのようにティ
ムは息をひきとったのだ。
 ティムの死は、街中の人を悲しませ、その葬儀の日には、街中
のほとんどの人が沿道に出て、小さな棺が教会に向かうのを見送っ
た。
 その日は、街中が泣いているように、すべての教会の鐘が鳴り
響いた。
 その噂は、他の街にも伝わり、ティムの墓に訪れる人が多くな
り、花束が絶えることがなかった。

 ボブは、皆の集まっていた部屋を出て、階段を上って二階の部
屋へ入った。そこには、まぶしいぐらいの明かりがともされ、多
くの人からティムに贈られた沢山のクリスマスのプレゼントや飾
りが鮮やかに輝いていた。
 まだ、死んだティムのイスがあった。そして、そこに誰かがい
るような気配があった。
 そのイスに哀れなボブは座った。そして、彼は、ティムと一緒
に、イスを組み立てた頃を思い出していた。
 しばらくして、ボブは立ち上がり、イスの小さな背もたれにキ
スをした。そして、彼は過ぎたことだとあきらめた。それから、
とても楽しそうにしてふたたび一階に向かった。

第四章 第三の精霊:その六

第四章 第三の精霊:その六

 その母親は誰かを待っているようだった。それも心配そうに待
ち望んでいた。それというのも、彼女が部屋の中をしきりに往っ
たり来たりして、何か物音がするたびに驚いて飛び上がったり、
窓から外を眺めたり、柱時計を眺めたり、時には裁縫をしようと
しても手につかなかったり、遊んでいる子供達の騒ぎ声を平気で
聞いていられないほど、そわそわしていたからだ。

 長い間、待ち望んでいた、ドアをノックする音が聞こえた。
 母親は、急いで出入り口に行き、彼女の夫を迎えた。

 彼はまだ若かったが、誰か別人のように顔が心配でやつれ、そ
して落胆していた。今、その中に注目すべき表情が現われた。ま
じめそうでもうれしさがあった。しかし、それを彼は恥ずかしい
と感じた。そして、それを彼は抑えようと努力していた。
 彼はゆっくりとイスに座った。
 彼のために用意された夕食は暖炉の火にかけられていた。
 その間に彼女は彼に、なにかニュースがあるか、おずおずと聞
いた。(それも長い間、沈黙していた後で)
 彼はどう応えようかと戸惑っているように見えた。

「良かったのですか?」と、彼女は聞いた。
「それとも、悪いのですか?」と、彼をなぐさめるように聞いた。

「悪いんだ」と、彼は応えた。

「私達はすべて失うんですね」と、彼女は落胆した。

「いや、まだ望みはあるんだ、キャロライン」と、彼は明るく言っ
た。

「もしあの人が優しくなれば・・・」と、彼女は彼をビックリさ
せようと言ってみた。
「まあ、すべて希望にすぎませんけど。もしそんな奇跡が起こっ
たら」

「あの人は優しくなりすぎた」と、彼は言った。
「あの人は死んだよ」

 彼女の顔が真実を物語っていた。
 彼女は温和、そして忍耐強い人だった。しかし、彼女はそれを
聞いて、心の中で感謝していた。そして、彼女はそう言った。そ
れと同時に神に感謝した。
 次の瞬間、彼女は神に許しを請った。そして謝った。しかし、
最初の彼女が本心なのだ。

「昨日の夜、私が、酒に酔っていた女のことについて、お前に言っ
たね。彼女が私に言ったあの人のこと。いつだったか、私があの
人に借金のことで会おうとしていて、そして、一週間だけ支払い
の延期をもらおうと。それなのに、あの人は病気を口実に会って
はくれなかった。私が思ったのは、私を避ける単なる言い訳だっ
たと。それが、あの酔った女が言っていたことが本当だというこ
とが分かったんだ。あの人はひどい病気だけじゃなかったんだ。
いや、あの時は死にかけていたんだよ」と、彼は言った。

「私達の借用書は誰に移されるんでしょう?」と、彼女は不安そ
うに言った。

「私には分からないよ。でも時間はまだある。私達はお金の用意
ができているさ。そして、たとえ私達がだめだったとしても、彼
の後継者の中にひどく冷酷な債権者が現れたら、それは本当に悪
運だろう。とりあえず心配のなくなった夜だ。私達は眠るとしよ
う、キャロライン」と、彼は微笑んで言った。

「はい」と、彼女も微笑んだ。

 それは彼らを和らげるだろう。
 彼らの心は晴れやかだった。
 子供達は、静かな顔をしていた。そして、周りに集まって父親
の話を聞いた。すると、彼らはとても少しだが理解して、明るく
なった。そしてそれは、あの人の死により幸福になった家庭だっ
た。

 精霊が、スクルージに示すことができた唯一の感情は、この出
来事によって起こった満足感だけだった。

「精霊様! 私はもう死んだのですね」と、スクルージは言った。
「この二人には、私が金を貸している。あの死体は私の身代わり
ではなく、私自身だったんだ! 私は前の精霊様に教えていただ
いた教訓を活かせなかったのですね。そして、あの暗い部屋で、
私はみじめな死に方をし、私の死は多くの人達を喜ばせていると、
そう言いたいのですね。分かりました。誰だって一度は死ぬんで
す。だけど、精霊様。私は、そんなに罪深い人生だったのでしょ
うか? お金に困っている人にお金を貸すのが、そんなにひどい
ことなのでしょうか? 少なくとも今まで見てきた人達よりも多
くの税金を納め、社会に貢献しています。一度だって罪を犯した
ことはない。それに、私は政治家じゃない。私一人で、すべて面
倒をみろというのでしょうか? もし、そんな手本になるような、
いい人生を送った人がいるのなら、それを私に見せてください」

 精霊は、その言葉に同意したかのように、スクルージがいつも
歩きなれた街並みを通りぬけて、彼を案内して行った。
 歩いていく間に、スクルージは、まだあきらめきれず、自分の
幻影を見つけようとあちらこちらを見回わした。けれどもやはり、
どこにもそれは見つからなかった。
 精霊は、スクルージが前に訪問したことのある、貧しいボブ・
クラチェットの家に入った。すると、母親と子供達は、暖炉の周
りに集まって座っていた。

2014年4月11日金曜日

第四章 第三の精霊:その五

第四章 第三の精霊:その五

 部屋は非常に暗かった。
 どんな部屋か知りたいと思う無意識の欲求で、スクルージは、
その部屋の中をぐるりと見回わしたが、ほとんど何も見分けるこ
とが出来ないほど、余りにも暗かった。
 青白い光が、外の空の方からはっして、ベッドの上にだけまっ
すぐにさしていた。
 ベッドの上のその人は、身につけた物は略奪されてなにもかも
失われ、誰かに見守られることもなく、泣き悲しまれず、世話も
されていない。ただ、この体一つがあるだけだった。

 スクルージは精霊の方を見た。
 その手はしっかりと、その人の頭部を指していた。
 かぶせてあるシーツはとてもぞんざいで、それをほんのわずか
にのせただけだった。
 スクルージが指を上に動かせば、顔が露出しただろう。彼はそ
のことについて考えた。
(そうするのはとても簡単にできるだろう。そして、そうしてみ
たい。しかし、私には、そばにいるこの精霊を追い返すよりも、
このシーツを取り去る勇気はない)

(おぉ! 冷たい、冷たい、厳粛なまでに、怖ろしき死よ! こ
こに汝の祭壇を設けよ! そして、汝の命じるままになるような、
さまざまな恐怖をもてその祭壇を飾り立てよ! この領域は汝の
ためにあるのだ! しかし、愛され、尊敬され、そして、名誉あ
る支配者。これらのものを遠ざけた汝には出来はしない。それは
手が重いからではないぞ! 汝の恐ろしい企みは、一本の毛を変
えること。いや、一つの憎らしい人相を生み出しただけなのだ!
しかし、いつか、汝は、その恐怖から抜け出し、おちのびるだろ
う! それは力強い心ではない。しかし、静かな鼓動である。あ
あ! あの人の手は開いていた! 本当に寛大! 勇敢な心! 
やさしく思いやりのある。そんな人の鼓動がよみがえるのだ! 
励め! 幻影よ、励むのだ! そして、彼の傷ついた体から飛び
出す、よい行為を見せてみろ! 滅びない人生を世界中にまくの
だ!)

 何かの声がスクルージの耳に、これらの言葉をささやいたので
はなかった。ただ、彼がまだベットの上を見ていた時に、彼はそ
れらを聞いた。
 スクルージは考えた。
(この人は私の身代わりか? そうか、今まで見てきたのは私が
もし精霊の教えに従わなければ、どうなるかを見せようとしてい
るのだ。おお、なんとかわいそうに。もし、この人が今、生き返
ることが出来たとしたら、まず第一に考えることはどんなことだ
ろうか? 強欲か、熱心な取引か、苦しめる心配なことか? オー
ルドジョーの店に集まった彼らは、私に金持ちの最後をあきらか
にしてくれた。それは本当にありありと。この人は暗い空虚な部
屋の中に置かれ、一人の男も、一人の女も、いや、一人の子供も、
そのそばにいない。あの声はこの人。この人が、あれこれと私の
中に親切に言ってくれた。ただ、一つの親切な言葉を覚えさせる
ため。私はこの人のために親切になるだろう)

 猫がドアをひっかいていた。そして、暖炉の石の下でネズミの
かじる音がした。何を彼らは死の部屋の中で探しているのか?
そして、なぜ彼らがそんなに落ちつきがなく、そして、暴れてい
るのか?
 スクルージは、あえて考えることはしなかった。

「精霊様!」と、スクルージは言った。
「ここは恐ろしい場所です。ここを離れた所で・・・、ここで得
た教訓は忘れません。それだけは私の言うことを信じて下さい。
さあ行きましょう」

 ところが精霊は、まだじっと一本の指で、その人の頭部を指し
ていた。

「もう分かりました」と、スクルージは言った。
「私も出来ればそうしたいのですが。ですが、私にはそれだけの
勇気がないのです。精霊様。それだけの勇気がないのです」

 まだ精霊は、スクルージを見下ろしているようだった。

「もし、街に人がいたとして、誰がこの死体を触ってみたいと思
いますか?」と、スクルージはとても苦しそうに言った。
「そんな人がいたら、ここに連れて来てください。精霊様、お願
いいたします」

 精霊は瞬間に、真黒なローブを翼のように広げて、スクルージ
の体を覆った。そして、それを開いた時には、そこに昼間のどこ
かの部屋が現われた。その部屋には、一人の母親とその子供達が
いた。

第四章 第三の精霊:その四

第四章 第三の精霊:その四

 店というのは、ボロ服のカーテンの後ろにある空間だった。
 オールドジョーは、古い金棒でストーブの火をかき集めた。そ
して、彼は煙臭いランプを手入れした。(夜だったためだ)それ
から、彼はパイプの吸い口を再びくわえた。
 オールドジョーがこんなことをしている間に、すでに三人で話
をつけた家政婦は、床の上に彼女の包を投げた。そして、これ見
よがしの態度をしながら丸イスの上に座った。彼女は、両腕をひ
ざの上で組み合せて、他の二人に大胆な挑戦をするようにみえた。

「それがなにさ。なにさねぇ、ディルバーの奥さん」と、洗濯手
伝いの女性が言った。
「皆も自分自身はまともな世話をしたからもらったんだと。奴は
いつもそうしてたさ」

「そりゃそうだとも、本当に!」と、葬儀屋の男性は言った。
「奴ほどじゃないよ。なぜ今さっき、あんたは恐れたように、こ
ちらの奥さんを見つめながら座ったんだね。誰よりも賢いのかい?
俺達はお互いの身元まであら捜しはしちゃいられないよ。そうじゃ
ないかい?」

「そう、本当だよ」と、洗濯手伝いの女性が言った。

「もちろんそんなつもりはないとも」と、ディルバー夫人は応え
た。

「そりゃ、たいへん結構なこった!」と、洗濯手伝いの女性は叫
んだ。
「あれで十分だよ。誰があんな人のために、あそこまでする者が
いるんだい? あの人の商売のやり方はもと悪かったよ。私らは、
あの人のやり方をほんの少し真似ただけじゃないかい。こんな少
しの物じゃ大損だけどね。死んだ人、そうじゃないかい?」

「まったくそうだよ」と、ディルバー夫人は笑いながら言った。

「悪い年寄りのひねくれ者が・・・。もしあの人が死んだ後も私
らの得物をそのままにしてほしかったんなら・・・」と、洗濯手
伝いの女性は続けた。
「なぜ生きている時に、当たり前のことをしていなかったんだい?
もしあの人が死んだとしても、こんな仕打ちは受けずに誰かに世
話をされていただろうに。それどころか、あの人の最後が自分一
人で外に横たわって息をひきとるなんて・・・」

「まったく、そりゃ本当の話だよ」と、ディルバー夫人は言った。
「あの人に罰が当ったんだねえ」

「もう少し重い罰にしてほしかったね」と、洗濯手伝いの女性は
言った。
「そうさ、そうするべきだよ。オールドジョー、それを頼むよ。
もしそうなら私は他にも、何か手に入れることができただろうに。
さあ、包みを開けなよ、オールドジョー。それで、それはいくら
になるかね。はっきり言ってよ。私が最初だからね。どおってこ
とはないよ、皆に見られても・・・。どおってことはないんだ。
私らがここで会う前に、私らは私らなりに助けてたことは知って
るんだからね。私はそう思うね。それは罪じゃないよ。包みを開
けな、ジョー」

 ディルバー夫人と葬儀屋の男性は、洗濯手伝いの女性の割り込
みを認めなかった。それで、葬儀屋の男性が今度は割り込んで略
奪品を並べた。それは大量ではなかった。
 印鑑が一つ、二つ、ペンケースが一個、カフスボタンが一組、
それに、安物のブローチと、これだけだった。それらは、オール
ドジョーによって別々に検査され、そして評価された。
 オールドジョーは、チョークで壁にそれぞれの値段を決めて書
いていった。そして、もう何もないと分かれば、すべてを加えて
合計を提示した。

「これがお前さんの分だよ」と、オールドジョーは言った。
「俺は、それ以上たったの六ペンスでもやれないよ。もしそれが
不満で、俺を煮ると言われてもやれないね。お次は誰だい?」

 ディルバー夫人がその次だった。
 シーツとタオル、少し着古した衣服、旧式の銀のティースプー
ンが二本、シュガートングが一対、それにブーツが少しあった。
 ディルバー夫人の買い取り値段も同じように壁に書かれていっ
た。

「俺は女性にはいつも余計に出し過ぎてね。これが俺の悪い癖さ。
またそのために、損ばかりしているのさ」と、オールドジョーは
言った。
「これがお前さんの買い取り値だよ。もしお前さんが、他の値段
がいくらかと聞いたら、そりゃ自由だが、俺は後悔するだろうね。
そして、半クラウンは買い叩くよ」

「さあ、今度こそ私の包みをほどきな、オールドジョー」と、洗
濯手伝いの女性が言った。

 オールドジョーは、その包みを開きやすいように両膝をついて、
いくつもの結び目をほどいて、大きな重そうな巻き物になった、
なんだか黒っぽい布きれを引きずり出した。

「こりゃ、なんだね?」と、オールドジョーは聞いた。
「ベッドのカーテンかい?」

「あはっ!」と、洗濯手伝いの女性は一声あげた。そして笑い、
彼女は腕を組んで前かがみになった。
「そうさ、ベッドのカーテンだよ」

「お前さんは、まさかその人をベッドに寝かせたまま、リングご
と全部、これを引き外して来たと言うつもりじゃないだろうね?」
と、オールドジョーは聞いた。

「そうだよ、そのとおりだよ」と、洗濯手伝いの女性は応えた。
「いけないかい?」

「お前さんは、ねっからの商売上手だね。ひと財産出来るよ」と、
オールドジョーはあきれて言った。
「そう、お前さんは確実にそうなるだろうよ」

「そんなの、私はこの手に出来はしないよ。確実にね。こんなこ
とぐらいで、いつ、どうやってそれにたどりつけるんだい? そ
のためにはあの人だよ。奴のようにしなきゃね。私はあんたほど
でもないよ、オールドジョー」と、冷静に洗濯手伝いの女性は言
い返した。
「そのロウソクのロウを毛布の上へたらさないようにしておくれ
よ」

「あの人の毛布かね?」と、オールドジョーは聞いた。

「あの人のでなけりゃ、誰のだというんだよ?」と、洗濯手伝い
の女性は言った。
「あの人は毛布がなくたって風邪をひきもしないだろうよ。本当
の話がさ」

「まさか、伝染病で死んだんじゃあるまいね、ええ?」と、オー
ルドジョーは仕事の手をとめて、洗濯手伝いの女性を見上げなが
ら言った。

「そんなことはビクビクしなくてもいいよ」と、洗濯手伝いの女
性は言い返した。
「そんなことでもありゃ、いくら私だってこんな物のために、い
つまでもあの人の周りをうろついているほど、あの人のお相手が
好きじゃないんだからね。ああ! そのシャツが見たけりゃ、お
前さんの目が痛くなるまでよーくごらんよ。だけど、いくら見て
も、穴一つ見つけるわけにはいかないだろうよ。すり切れ一つだっ
てさ。これがあの人の持っていた一番良いシャツだからね。本当
に実際いい物だよ。私がこれを手に入れなかったら、他の奴らは
むざむざと捨ててしまうところなんだよ」

「捨てるって、どういうことなんだい?」と、オールドジョーは
聞いた。

「あの人に着せたまま、一緒に埋めてやるのにきまってらあね」
と、洗濯手伝いの女性は笑いながら応えた。
「誰か知らんが、そんな真似をするバカがいたのさ。でも、私が
それを脱がして持って来ちまったんだよ。どうせ埋めるんならキャ
ラコで十分だろ。そのシャツは、あの人には不似合いだよ。あん
な体と一緒にするにはね。もうあの人が誰かに会うことはないん
だし、キャラコよりもあの人のしたことは見苦しいんだからね」

 スクルージは、恐怖しながらこの会話を聞いていた。
 四人は座り、彼らが集めた略奪品に、オールドジョーのランプ
がとぼしい光をさしていた。
 スクルージは、彼らに憎悪と嫌気をおぼえた。
 スクルージと彼らのおこなっている「商売」の悪どさは、どち
らがより大きいかは、ほとんど分からなかった。けれども、自分
は法律の範囲内で商売をしているが、彼らは、それを超えた悪魔
だ。まさに、死体そのものを市場で売買したようなものだ。

「ははっ、ははははっ!」と、洗濯手伝いの女性が笑った。

 その時、オールドジョーがお金の入ったフランネル製のカバン
を床の上に出し、彼らの利益がいくらか伝えた。
「これでおしまい。それでいいね。奴が生きていた時、誰もを怖
がらせて、奴は自ら我々が離れていくようなことをした。だから、
奴が死んだ今、これらの品物まで奴から離れていき、私達に利益
が入ったということだ。ははっ、はははっ、はははははっ!」

「精霊様!」と、スクルージは頭から足の爪先までブルブルと震
えながら言った。
「分りました。分りました。この不幸な人間達のように私もなる
かもしれませんね。今までの私の生活もそちらの方へ向いており
ます。慈悲ぶかい精霊様、これは何でしょうか?」

 スクルージは恐怖して後ずさりした。それは、光景が変わって
いたからだ。そして今、彼はベッドにほとんど触れていた。
 ベッドの周りを覆うカーテンがなく露出していた。そしてそこ
には、ボロボロのシートの下に何かが包んであり、無造作に置か
れていた。また、その何かは無言だったけれど、それ自身が恐ろ
しさを物語っていた。

第四章 第三の精霊:その三

第四章 第三の精霊:その三

 スクルージは、自分の幻影を求めて、取引所のフロアや廊下の
辺りを見回わした。しかし、自分のいつもいた片隅には他の男性
が立っていた。そして、時計は自分がいつもそこに出かけている
時刻を指していた。けれども、出入り口から流れ込んで来る群衆
の中に、自分に似た幻影は見えなかった。とはいえ、それはそれ
ほど彼を驚かさなかった。なにしろ心の中に生活の激変を考えめ
ぐらしていたし、またその変化の中では、新たに生まれ変わった
自分の決心が実現されるものと考えてもいたし、望んでもいたか
らである。

 静かに黒く、精霊はその手で何かを指し示したまま、スクルー
ジのそばに立っていた。
 スクルージが考え込んでいて、ふと我に返った時、精霊の手の
方向と自分に対するその位置から思い描いて、精霊の見えざる目
は、鋭く自分を見つめているなと思った。そう思うと、彼はゾッ
と身震いをして、ゾクゾクと寒気がしてきた。

 精霊とスクルージは、その寒々とした取引所を去り、街のよく
分からない場所の中に入って行った。
 スクルージもかねてからこの街の周辺や、またこの辺りのよく
ない噂も聞いてはいたが、今までまだ一度も足を踏み入れたこと
はなかった。
 そこにある横道は不潔で狭かった。
 商店も住宅もみすぼらしいものだった。
 人々は、ほとんど古着を着込んでいて、酔っ払い、だらしなく、
見苦しかった。
 路地やアーチの通路からは、まるで下水道のように、彼らから
にじみ出る、非常に多くの不正な臭い、ほこり、そして、みじめ
な人生を吐き出していた。また、その地域全体が犯罪と共に汚物
や不幸の悪臭を放っていた。
 この悪名高い巣の中に、軒の低い突き出した店があった。
 屋根の下に閉じ込められたような建物で、そこは鉄や古いボロ
服やビン、骨、そして、油で汚れたゴミまで買う古物商の店だっ
た。
 内部の床の上には、さびた鍵、釘、鎖、ちょうつがい、とじ金、
秤皿、分銅、そして、あらゆる種類のくず鉄が積み重ねられてい
た。
 ほとんど洗われていない汚れの目立つボロ服の山や腐った油脂
の塊りが骨の墓場の中に埋もれて隠されていた。
 古いレンガで造った木炭ストーブのそばで、男性が商品に囲ま
れた中に座って商売をしていた。
 七十歳ぐらいの白髪まじりの人相の悪い老人だった。彼は、外
から吹き込む風を防ぐのに薄汚いボロボロの幕をロープの上にか
けていた。そして、すべてが満たされた中で、静かに余生を送っ
ていた彼は、パイプでタバコを吸った。

 精霊とスクルージが、この老人の前に来ると、ちょうどその時、
一人の女性が大きな包みを持って店の中へいそいそと入り込んで
来た。それから、その女性がまだ入ったか入りきらないうちに、
もう一人の女性が、同じように包みを抱えて入って来た。そして、
この女性のすぐ後から、ヨレヨレの黒い服を着た一人の男性が続
いて入った。
 二人の女性は、お互いの顔を見合せて驚いていたが、この男性
は、二人を見て同じように驚いた。
 短い間の驚きがあった後、三人は笑いころげた。すると、パイ
プをくわえた老人も彼らに加わって笑いだした。

「最初は、家政婦が一人でいいだろうに!」と、最初に入って来
た女性は叫んだ。
「二番目は洗濯女が一人で、三番目は葬儀屋が一人でいいだろう
に、よりによってオールドジョーのここでそろうかね。もし私達
が三人会わなかったら、その意味は分からなかったろうに」

「あんたらはこんないい場所じゃなきゃ出会えないよ」と、オー
ルドジョーは口からパイプを離しながら言った。
「店に入りな。あんたらは、ずいぶん前からそれをまぬがれられ
なかったんだよ。あんたは知ってるんだろう。そして、そちらの
二人も見知らぬ人じゃないね。待った。俺が店のドアを閉めてや
るから。ああ、どうしてきしむんだ。ちょうつがいの中にサビた
金属の破片みたいなのが入ってりゃしないだろうに。本当に。そ
れに私の古い骨みたいな物も入ってないけどね。ははっ、ははは
はぁ! 類は友を呼ぶだ。俺達は釣り合いがとれてるよ。さぁ、
店に入った、入った」

第四章 第三の精霊:その二

第四章 第三の精霊:その二

 精霊とスクルージは、街の中へ入って来たような気がほとんど
しなかった。というのは、むしろ街の方から自分たちの周囲にこ
つぜんとわき出して、自ら進んで精霊とスクルージをとりまいた
ように思われたからだ。しかし、(どちらにしても)精霊とスク
ルージは街の中心にいた。
 そこは取引所で、商売人達が集っている広いフロアにいた。
 商売人達は忙しそうに行きかい、ポケットの中でお金をザクザ
クと鳴らしたり、いくつかのグループになって話しをしたり、時
計を眺めたり、何か考え込みながら自分の持っている大きな黄金
の刻印をいじったりしていた。その他、スクルージがそれまでに
よく見かけたような、色々なことをしていた。

 精霊は、商売人達の小さなひとかたまりのそばに立った。
 スクルージは、精霊の片手が彼らを指差しているのを見て、彼
らの会話を聞こうと歩み寄った。

「いや」と、恐ろしくあごの大きな太った男性が言った。
「どちらにしても、それについちゃ、よくは知りませんがね。た
だあの男が死んだってことを知っているだけですよ」

「いつ死んだんですか?」と、もう一人の鮮やかな金髪の男性が
聞いた。

「昨晩だと思います」と、あごの大きな男性が応えた。

「だって、一体どうしたというのでしょうな?」と、またもう一
人の男性が、非常に大きな嗅ぎタバコの箱からタバコをうんと取
り出しながら聞いた。
「あの男ばかりは、永遠に死にそうもないように思ってましたが
ね」

「そいつは誰にも分りませんね」と、あごの大きな男性があくび
をしながら言った。

「あの男の財産はどうなったのでしょうね?」と、鼻のはしに雄
の七面鳥のえらのようなコブのある赤ら顔の男性が言った。

「それも聞きませんでしたね」と、あごの大きな男性が、またあ
くびをしながら言った。

「あの男には、たしか甥がいたでしょう」と、金髪の男性が言っ
た。

「その甥ですがね、アメリカに移住して成功したらしいですな。
今、船でこっちに向かっているようですが、葬儀には間に合うわ
けないのにね。そう、それで、あの男の財産を相続するのは拒否
したらしいですよ」と、タバコを手にした男性が言った。

「それじゃ、財産は政府のものになるのか」と、金髪の男性が残
念そうに言った。
「まあ、私に残していくはずはないがね。ああ、それでか。酒場
で役人が浴びるほど酒を飲んでいたよ」

 皆、苦笑いした。

「これで、当分増税はないね」と、あごの大きな男性が言うと、
皆、こんどはどっと笑った。

「すごく安っぽい葬儀でしょうな」と、タバコを持った男性が言っ
た。
「私の住んでる周辺では、誰かがそこに行くというのは私は知ら
ないからね。まさか私達がやることになるんですかね?」

「食事会をするならやってもいいがね」と、赤ら顔の男性が言っ
た。
「当然、その一人になるなら、食えるだけは食わせてもらわなくっ
ちゃね」

 皆はまた大笑いをした。

「なるほど。そうすると、皆の中では結局、僕が最も無関心なん
だね」と、あごの大きな男性が言った。
「僕はこれまでまだ一度も黒い手袋をはめたこともなければ、葬
儀の食事を食べたこともないからね。しかし、誰か行く人がいりゃ、
僕も行きますよ。考えてみれば、僕はあの男の最も親密な友人で
なかったとはいえませんからね。道端で会えば、いつでも立ち止
まって話しをしたものですから。それじゃ、いずれまた」

 話をした者も聞いていた者も、それぞれの方向に歩き出した。
そして、他のグループへ混ってしまった。
 スクルージは、この人達を知っていた。そこで、説明をしても
らうために精霊の方を見た。
 精霊は、スクルージが何も言っていないのに、それを察したよ
うに進んで、ある街の別の取引所の中へ滑り込んだ。そして、精
霊の指は立ち話しをしている二人の紳士を指した。
 スクルージは、今の説明の応えはこの中にあるのだろうと思っ
て、再び耳をかたむけた。
 スクルージは、この人達もまたよく知りつくしていた。彼らは
実業家だった。大金持で、しかも非常に有力者だった。
 スクルージは、この人達からよく思われようと、始終、心がけ
ていた。つまり、商売上の評価だけで、厳密に商売上の評価だけ
で、よく思われようとしたのである。

「や、今日は?」と、一人の紳士が言った。

「おや、今日は?」と、もう一方の紳士も挨拶をした。

「ところで」と、最初の紳士が言った。
「奴もとうとうくたばりましたね。あの地獄行きがさ。ええ」

「そうだそうですね」と、相手の紳士は言った。
「それで寒くなくなったよ」

「クリスマス間近のこの季節にふさわしいね。ところで貴方はス
ケートをなさいませんでしたか?」と、最初の紳士が聞いた。

「いえ、いいえ。まだ他に考えることがありますから。さような
ら!」と、相手の紳士は言った。

 この他に二人の紳士からは一言もなかった。これがこの二人の
出会いで、会話で、そして、別れだった。

 最初、スクルージは、精霊がみるからにこんなささいな会話を
重要だとしているのにあきれかえろうとしていた。しかし、これ
には何か隠れた思惑があるのだろうと思い直したので、それはいっ
たいなんだろうとよくよく考えてみた。
 あの会話が、元の共同経営者だったジェイコブ・マーレーの死
になんらかの関係があるとはどうも想像されない。というのは、
それは過去のことで、この精霊の領域は未来であるからだ。最初
のグループの会話の中の「甥」というのは気にはなったが、自分
の甥がアメリカに移住するとは思えないし、精霊の持っている砂
時計が、自分の死を暗示するのなら、砂がなくなっていると思っ
たから、自分のことではないと考えていた。だからといって、自
分と直接関係のある者で、あの会話にあてはまりそうな者は一人
も考えられなかった。しかし、誰にそれがあてはまろうとも、自
分自身の改心のために、何か隠れた教訓が含まれていることは少
しも疑われないので、スクルージは自分の聞いたことや見たこと
は、すべて大切に覚えておこうと決心した。そして、自分の幻影
が現われたら、特にそれに注意しようと決心した。というのは、
彼の未来の幻影の行動が自分の見失った幸せへの手がかりを与え
てくれるだろうし、また、これらの謎の解決を容易にしてくれる
だろうという期待を持っていたからである。

第四章 第三の精霊:その一

第四章 第三の精霊:その一

 精霊は徐々に、おごそかに、黙々として近づいて来た。
 スクルージのそばまで精霊が近づいて来た時、彼は地にひざま
ずいた。なぜかというと、精霊は自分の動いているその空気の中
へ、陰うつと神秘とを漂わせているように思ったからだ。
 精霊は真黒なローブに包まれていた。その頭も顔も姿もローブ
に隠されていた。ただ、片方の手に大きな砂時計を持っていた。
 砂時計は、大きいという他に金色に輝く砂、片方の底がないと
いう特徴があった。だから、金色の砂は穴から落ちると貯まるこ
とはなく、地面に着く前に消えてなくなっていった。そのため、
金色の砂が、最初にどれぐらいの量があったのか分からなかった
が、かなり減っていて、残りわずかなことは分かった。
 その砂時計がなかったら、暗闇から精霊の姿を見分けることも、
精霊を包囲している暗黒から区別することも困難だったろう。

 スクルージは、精霊が自分のそばへ来た時、かなり背が高く堂々
としているように見えた。そして、そういう不思議な精霊にもか
かわらず、自分と相通じるものを感じた。まるで、自分自身を鏡
で見ているような一体感があり、それと同時に自分の心が、ある
種の厳粛な畏怖の念にみたされたのを感じた。
 それ以上は、スクルージにはまだ分からなかった。というのは、
精霊はしゃべりもしなければ、身動きもしなかったからだ。

「私の前におられるのは、最後に来られることになっているクリ
スマスの精霊様ですか?」と、スクルージは聞いてみた。

 精霊は応えることはなく、空いている片方の手で前方を指し示
した。

「精霊様は、これまでは起らなかったが、これから先に起きよう
としている出来事の幻影を私に見せようとしていらっしゃるので
ございますね」と、スクルージは言葉を続けた。
「そうでございますか、精霊様?」

 精霊のフードが、そのひだの中に一瞬の間、収縮し、それがう
なづいたように見えた。
 これがスクルージの受けた唯一の反応だった。

 スクルージもこの頃は、いくらか精霊との付き合い方が分かっ
てきた。しかし、この沈黙の態度に対しては脚がブルブルと震え
るほど恐ろしいものがあった。そして、精霊の指し示す方向に歩
いて行こうと体を動かした時には、まっすぐに歩けそうもないぐ
らいにふらついていることに気がついた。
 精霊もスクルージのこの様子に気がついて、少し待って落ち着
かせてやろうとでもするように、しばらく立ち止まった。しかし、
スクルージは、その気使いをされたことで、ますます気が遠くな
りそうになった。

 クルージには、どう考えても砂時計の砂は、自分の生命の残り
時間としか思えず、黒いローブを着た精霊は、そのフードの中に
自分の死を見つめる目があるのだと思うと、漠然とした、なんと
も言えない恐怖で体中がゾッとした。

「未来の精霊様!」と、クルージは叫んだ。
「私は今までお会いした精霊様の中で、貴方が一番恐ろしいので
す。しかし、精霊様の目的は、私のために善い道を示してくださ
るのだと覚悟しています。ですから、どんなことが起きても精霊
様に従うつもりでいます。精霊様に心から感謝しているのです。
どうか私と会話してくださいませんか?」

 精霊は、その言葉にも応えなかった。しかし、その片手は前方
にまっすぐ向けられていた。

「そうか! 私は今までお会いした精霊様の教えにより、未来に
はきっと改心しているはずです。どんなすばらしい未来になって
いるのか。それにも何かの教訓があるのですね。行きましょう!」
と、スクルージは言った。
「さあ行きましょう! 夜はどんどんふけてしまいます。そして、
私にとっては尊い時間でございます。私は存じています。行きま
しょう、精霊様!」

 精霊は、スクルージの前に現れてきた時と同じよいうに浮遊す
るように移動した。
 スクルージは、そのローブの影に誘われるように、後をついて
行った。彼はその影が自分を持ち上げて、どんどん運んで行くよ
うに思った。

第三章 第二の精霊:その十一

第三章 第二の精霊:その十一

 スクルージと精霊は、多くを見て、遠くへ行った。そして、色々
な家を訪問したが、いつも幸福な結果に終った。
 精霊が病床のそばに立つと、病人は元気になった。
 異国に行けば、キリスト教徒ではなくても、クリスマスの日に
はパーティを開いて楽しみ、人々は故郷を懐かしんだ。
 もだえ苦しんでいる人のそばにいくと、彼らは、将来のより大
きな希望をいだいて辛抱強くなった。
 貧困のそばに立つと、それが満たされた。

「旦那、なぜ人間は自分で自分を苦しめるんだね?」と、精霊は
不思議そうに聞いた。
「そうだろ。自分達で政府というものを作り、そこに自分達で代
表者とやらに管理を任せている。そのあげくが、このざまだ。神
でさえ、エデンの園をアダムに任せて失敗したのに」

「精霊様のおっしゃるとおりですが、お互いに困ったことが起き
た時に助け合う仕組みは必要なのです。たしかに、それが機能し
ていないことは認めますが、私達は失敗から学んで良くしていく
のです」と、スクルージは応えた。

「しかし、旦那には、戻るべき国がないのだろ。政府も代表者も
ないではないか。それでも他の国に暮らして、お金を沢山集めて
生活しているじゃないか。本当に政府や代表者が必要なのかね?
旦那は他の国の政府や代表者を助けて、その国の人間達を苦しめ
る手伝いをしているように思えるんだがね」と、精霊は言った。

 スクルージは、ユダヤ人が国をもたず、流浪の民になっている
ことが、どんなに辛いことかを精霊に説明したが、賛同は得られ
なかった。

「では、次の場所はどうかね」と、精霊は言って、スクルージを
連れて飛び立った。

 そこは施療院や病院や収容所だった。
 施療院でも病院でも収容所の中でも、あらゆるみじめな隠れ家
では、無益な人の中に上下関係のような小さなたわいもない権威
を作らないので、しっかりドアを閉めたりして、精霊を閉め出し
てしまうようなことがなかった。だから精霊はそこに祝福を残し
た。

「旦那、どうだい。ここには代表者はいない。お金はなんの役に
も立たない。いくらお金があっても命は買えないし、罪は償えな
いからね。政府が介入することがなければ、誰も争うことはない
し、皆がお互いを助け合うんだよ。だから、私はこうした場所を
特に祝福するんだ」と、精霊は言った。

「精霊様。こうした場所でも上下関係を作り、争っている所があ
ると聞いたことがあります。長い間、その場所に住み続けるとそ
うした権力のようなものが生まれてくるのかもしれません。しか
し、だからといって私にどうしろと言うのですか? 非力な私一
人ではどうすることも出来ませんよ」と、スクルージは言った。

「そうやって、言い訳をして、見て見ぬフリをして、誰かに任せっ
きりにした結果がどうなるか。今に思い知ることになるだろう」
と、精霊は独り言のように言った。

 こうして、精霊はスクルージに、色々な教訓を教えたのだった。

 これがただ一夜だったとすれば、ずいぶん長い夜だった。しか
し、スクルージはこれについて疑いを抱いていた。というのは、
クリスマスの祭日全部が、スクルージと精霊だけで過ごしてきた
時間内に圧縮されてしまったように思えたからだ。また、不思議
なことには、スクルージはその外見が依然として変らないでいる
のに、精霊はだんだん歳をとった。
 精霊は目に見えて歳をとっていった。
 スクルージは、この変化に気がついていたが、けっして口にだ
しては言わなかった。しかし、とうとう子供達のために開いた十
二夜会(クリスマスから十二日目の夜にお別れとしておこなう会)
を後にした時に、スクルージと精霊は野外に立っていたのだが、
彼は精霊を見ながら、その髪の毛が真白になっているのが気になっ
た。

「精霊様の寿命はそんなに短いものなのですか?」と、スクルー
ジは聞いた。

「この世における私の生命はすごく短いものさ。歳をとれば衰え
る。それでも居座れば、若い者が育たない。早く若い者に道を譲っ
て、この世に新風を吹き起こさなければね」と、精霊は応えた。
「今晩で終わりになるんだよ」

「今晩ですって!」と、スクルージは叫んだ。

「今晩の真夜中頃だよ。お聴き! その時がもう近づいているよ」

 どこかの鐘の音が、その瞬間に十一時四十五分を告げていた。

「こんなことをお聞きして、もし悪かったら申し訳ありませんが」
と、スクルージは精霊のローブをけげんな顔で見ながら言った。
「それにしても、なにか変では? 貴方のお体の一部とは思われ
ないようなものが、すそから飛び出しているようでございますね。
あれは足ですか、それとも爪ですか?」

「そりゃ爪かも知れないね。これでもその上に肉があるからね」
と、精霊が悲しむように応えた。
「これをよく見るんだ」

 精霊は、そのローブのひだの間から、二人の子供を披露した。
 哀れな、いやしげな、怖ろしい、ゾッとするような、みじめな
子供達だった。
 二人の子供は、精霊の足もとにひざまづいて、そのローブの外
側にすがりついた。

「さぁ、旦那、これを見よ! この下をよく見ておくんだ!」と、
精霊はスクルージに叫んだ。

 男の子と女の子がスクルージを見ていた。
 黄色く、やせこけて、ぼろぼろの服を着ていた。
 しかめっ面をして、欲が深そうな、しかし、二人の子供の中に
も謙遜があり、しりごみしていた。
 のんびりした若々しさがあった。
 二人の子供は、あまりにも痩せていたので、腸にガスがたまっ
ているのか、お腹がはちきれそうに膨らんでいた。
 いきいきした色でそれを染めるべき肌は、老化したような、古
ぼけたしわだらけになっていた。
 手をつねったり、ひっかいたりしたのか、あざや傷だらけになっ
ていた。
 天使が玉座についてもいいところに、悪魔がひそんで、見る者
を脅しつけながらにらんでいるようだった。
 創造された不思議なもののあらゆる神秘を寄せ集めたとしても、
人類のどんな進化も、どんな堕落も、どんな逆転も、それがどん
な程度のものだったとしても、この子供達の半分も恐ろしい不気
味な化け物を出現させられないだろう。

 スクルージはゾッとしてあとずさりした。
 こんなふうにして子供達を見せられたので、スクルージは「か
わいいお子さん達ですね」と、言おうとしたが、言葉の方で、そ
んなだいそれた嘘つきの仲間入りをするよりはと、自分で自分を
制してしまった。

「精霊様、これは貴方のお子さん達ですか?」
 スクルージはそれ以上、言うことが出来なかった。

「これは人間の子供達だよ」と、精霊は二人の子供を見おろしな
がら言った。
「この子供達は、自分達の父親に訴えながら、私にすがりついて
いるのだ。この男の子は無知である。この女の子は貧困だ。この
二人の子供には気をつけるんだ。この子供達の階級のすべての者
を警戒するのだ。そして、特にこの男の子に用心するんだ。この
子の額には、もしまだその書いたものが消されずにあるとすれば、
『滅亡』とありありと書いてあるからね。旦那、それを否定して
みろ!」と、精霊は片手を街の方へ伸ばしながら叫んだ。
「そして、それを教えてくれる者をそしるがいいさ。いつまでも
旦那のふざけた目的のために、今までの行いを正当化するがいい。
そして、その行いをもっと悪いものにするがいい! いずれ訪れ
るその結果を待っているがいい!」

「この子供達は、避難所も財産も持たないのですか?」と、スク
ルージは聞いた。

「公的な施設はないのかね?」と、精霊はスクルージの言った言
葉を繰返しながら、これを最後に彼の方へ振り向いて言った。
「共立救貧院はないのかな?」

 どこかの鐘が夜中の十二時の時を告げた。

 スクルージは、周囲を見渡しながら精霊を捜したが、その姿は
どこにも見あたらなかった。
 最後の鐘の音が鳴りやんだ時、スクルージは、ジェイコブ・マー
レーの教えを思い出した。そして、目を上げると、地面に沿って
霧のように彼の方へやって来る、フードをかぶったおごそかな精
霊を見た。

第三章 第二の精霊:その十

第三章 第二の精霊:その十

 甥達は、ずっと音楽ばかりして、その夜を過ごしはしなかった。
しばらくすると、彼らは失敗すると罰のある遊びを始めた。

 こんな日には、子供にかえるのもよいことだからだ。そして、
こうした遊びを考えた偉大な創作家こそ子供なのだ。だから、ク
リスマスの日が一番ふさわしい。さあ、楽しもう。

 まず第一には目隠し遊びがあった。もちろん、その場所で楽し
んだのだ。

 私には、目隠ししたトッパーが、彼のブーツが目を持っている
わけではないのと同じようにまったく目を見えなくしているとは
思えなかった。
 私が思うに、トッパーとスクルージの甥との間には、何か企み
があるらしい。そして、現在のクリスマスの精霊もそれを知って
いるようである。

 トッパーが、レースのショールをかけた豊満な妹だけを追い回
わした様子というのは、誰も知らないことをいいことに、やりた
いほうだいだった。薪やスコップに突き当たったり、イスをひっ
くりかえしたり、ピアノにぶつかったり、窓のカーテンに包まれ
て自分では呼吸が出来なくなったりして、彼女の逃げる方へはど
こへでもついて行った。
 トッパーは、常にその豊満な妹がどこにいるかを知っていた。
そして、彼は他の者は一人もつかまえようとしなかったのだ。

 もし、皆さんがわざと彼に突き当りでもしたら(彼らの中には
実際やった者もいた)、彼も一旦は皆さんをつかまえようとがん
ばっているようなそぶりをしてみせただろうが、それは皆さんの
反感をかうだろう。トッパーは、すぐにまたその豊満な妹の方へ
つられて行ってしまうのだ。

 豊満な妹は、気づいてそれは公平でないと何度も怒鳴った。そ
のとおり、それは公平でなかった。しかし、とうとうトッパーは
彼女をつかまえた。そして、彼女が絹の服をサラサラと鳴らした
り、彼をやり過ごそうとバタバタともがいたりしたにもかかわら
ず、彼は逃げ場のない片隅へ彼女を追いこんでしまった。
 それから後のトッパーのおこないというものはまったくひどい
ものだった。というのは、彼が自分が相手は誰だかが分からない
というようなフリをまだしていて、豊満な妹の髪飾りに触ってみ
なければ分らない、いや、そればかりでなく、彼女の指にはめた
指輪や首の周りにつけたネックレスなどを触ってみて、やっと彼
女であることを確かめる必要があるとでもいうように、彼女に触
りまくったのは、ちょっとやり過ぎだった。他の者が代わって鬼
をする頃には、二人ともカーテンに隠れてすごく親密にヒソヒソ
と話しをしていたが、彼女はそのことに対する自分の気持ちをう
ちあけたにちがいない。

 甥の妻は、この目隠し遊びの仲間には入らないで、居心地のよ
い片隅に、大きなイスと足を載せる台とで楽々と休息していた。
その片隅では精霊とスクルージとが彼女の後ろの近くに立ってい
た。しかし、彼女は失敗すると罰のある遊びには加わった。そし
て、アルファベット二十六文字のすべてを使って自分の愛の文章
を見事に組み立てた。
 同じようにまた『どんなに、いつ、どこで』の遊びでも甥の妻
は偉大な力を見せた。そして、彼女の姉妹達もトッパーに言わせ
れば、すいぶん敏しょうな女性達にはちがいないが、その敏しょ
うな女性達を彼女は散々に負かしてのけた。それをまたスクルー
ジの甥は心から喜んで見ていた。
 若い者や老いた者を合せて二十人くらいはそこにいたろうが、
彼らは全員でそれを楽しんだ。そして、スクルージもまたそれを
楽しんだ。というのは、彼も今(自分の前に)おこなわれている
ことに興味をひかれて、自分の声が彼らに聞こえないのをすっか
り忘れて、時々大きな声で自分の考えた答えを口にした。そして、
何度も正解したのだ。
 スクルージは、歳のせいか、頭が鈍ってきたと思っていたが、
この時ばかりは、針穴がダメにならないと保険つきのホワイトチャ
ペル製の最も鋭い針よりも彼の頭はさえて鋭かった。

 スクルージが子供のようにはしゃいでいるのが、精霊にはとて
も気にいったらしい。それに、彼は、港に戻った船から甥の親友
達が降りるまで、ここにいさせてもらいたいと子供のようにせが
みだしたことにも、精霊は愉快な様子で彼を見つめていた。しか
し、そんなに長い時間とどまるわけにはいかなかった。

「それはだめだ」と、精霊は言った。

「今度は新しいゲームでございます」と、スクルージは言った。
「三十分。精霊様、たった三十分!」

 それは「イエス・アンド・ノー」というゲームだった。
 そのゲームでは、スクルージの甥が何か考える役になって、他
の人達は、甥が彼らの質問に、それぞれその場合に応じて、「イ
エス」とか、「ノー」とか答えるだけで、それが何であるかを言
い当てるというものだ。
 活発な火のような質問に、甥はどちらかを答えてみせた。それ
で皆は、彼が一匹の動物について考えていることを引き出した。
それは生きている動物だった。どちらかといえば嫌な動物で、ど
う猛な動物だった。時々はうなったりのどを鳴らしたりする。ま
た時には話しもする。ロンドンに住んでいて、街も歩くが、見世
物にはされていない。また誰かが連れて歩いているわけでもない。
動物園の中に住んでいるのでもないのだ。そして、市場で食材に
されるようなことは決してない。馬でもロバでも牝牛でも牡牛で
も虎でも犬でも豚でも猫でも熊でもないのだ。
 他の者から新らしい質問がされるたびに、この甥はわはははっ
と大笑いしてくずれた。ソファから立ち上って床をドンドン踏み
鳴らさずにはいられないほど、なんともいいようがないほど、く
すぐられて面白がった。しかし、とうとうあの豊満な妹が同じよ
うに笑いくずれながら叫んだ。
「私、分かりましたわ! 何かもう知っていますよ、フレッド!
皆さんもご存知のお方よ」

「じゃ、何だね?」と、甥は聞いた。

「貴方の伯父さんのね、スクルージさん!」と、豊満な妹は応え
た。

 確かにそのとおりだった。
 なるほどそうだと歓声があがった。でも、中には「荒々しいか?」
と、質問した時には「イエス」と答えるべきだった。それを「ノー」
と否定の答えをされては、せっかくスクルージさんへ気が向きか
けていたとしても、スクルージさんから他の方へ考えを変えてし
まうのに十分だったからねと抗議した者もいた。

「あの人はずいぶん僕たちを愉快にしてくれましたね。本当に」
と、甥は言った。
「これであの人の健康を祝ってあげないのはよくないよ。ちょう
ど今、私達の手もとに一杯の暖かいワインがあるからね。さあ、
始めるよ。スクルージ伯父さんへ!」

「同じく! スクルージ伯父さんへ!」と、彼らは叫んだ。

「あの老人がどんな人であろうが、あの人にもクリスマスおめで
とう! 新年おめでとう!」と、スクルージの甥は声を上げた。
「あの人は僕からこれを受けようとはしないだろうが、それでも
まあ差し上げましょう。スクルージ伯父さんへ!」

 その伯父のスクルージは、誰に知られることもなく、気も心も
ウキウキと軽くなった。そこで、もし精霊が時間を与えてくれさ
えしたら、今のお返しとして、自分に気のつかない彼らのために
乾杯して、誰にも聞こえない言葉で彼らに感謝したことだろう。
しかし、その全場面は、彼の甥が口にした最後の一言がまだ終わ
らないうちにかき消されてしまった。そして、スクルージと精霊
とは、また飛び立った。

第三章 第二の精霊:その九

第三章 第二の精霊:その九

 ふたたび精霊とスクルージは、真黒な、絶えずうねっている海
の上を飛び続けた。
 どこまでも、どこまでも。
 精霊がスクルージに言ったところによれば、どの海岸からもは
るかに離れているらしかった。
 ようやく、ある一艘の豪華客船の上に降りた。
 精霊とスクルージは、舵を手にした操舵手や船首に立っている
見張り役や当直をしている士官達のそばに立った。
 各自それぞれの配置についている彼らの姿は、いずれも暗く亡
霊のように見えた。しかし、その中の誰もがクリスマスの歌を口
づさんだり、クリスマスらしいことを考えたり、または低声で遠
い昔のクリスマスの話をしていた。それには早く故郷へ帰りたい
という希望が自然と含まれているが、その希望を加えて話したり
していた。
 この船に乗っている者は、起きていようが眠っていようが、善
い人であろうが悪い人であろうが、誰でもこの日は一年中のどん
な日よりも、より親切な言葉を他人にかけていた。そして、ある
程度まで今日の祝いを共に楽しんでいた。
 誰もが自分が気にかけている遠くの人達を思いやると共に、ま
たその遠くの人達も自分のことを思い出して喜んでいることをよ
く承知していた。

 風のうめきに耳をかたむけると、その深さは、死のように深遠
な秘密であるかのようで、いまだに知られていない奈落に広がっ
て吹いていた。そして、寂しい暗闇を貫いて、どこまでも進んで
行くということは、なんという厳粛なことだろうか。

 こうして気をとられている間に、一つの心のこもった笑い声を
聞くというのは、スクルージにとって大きな驚きに違いなかった。
しかも、それが自分の甥の笑い声だと知ることは、そして、一つ
の晴れやかな、乾いた明るく広い船室の中に、自分のそばに微笑
みながら立っている精霊と一緒に、甥の招待を断った自分自身が
誰にも見えないとしても、その場に居合わせているということは、
スクルージにとって、とても大いなる驚きだった。
 精霊は、いかにもこの光景が気にいったというような機嫌のよ
さで、甥をじっと眺めていた。

「ははっ! ははっ!」と、スクルージの甥は笑った。
「はははっ、ははっ、はははっ!」

 もし皆さんが、このスクルージの甥より、もっと笑いの絶えな
い幸福に包まれている人を知っていたら、そんなことはありそう
もないけど、(万が一あったとしたら)私もまたその人と知り合
いになりたい。ぜひ私にその人を紹介して欲しい。それほど、ス
クルージの甥の性格は周りまで幸福にした。
 病気や悲しみなどが人に伝染することがある。その中でも、笑
いや快楽ほど、無抵抗で伝染するものは世の中でもこれらしかな
い。それが、誰にでも公明にして公平にあり、貴い調節役となっ
ている。

 スクルージの甥が、こうして脇腹をかかえたり、頭をグルグル
回したり、途方もないしかめ面に顔をひきつらせたりしながら笑
いこけていると、スクルージの姪にあたるその妻もまた、彼と同
じようにキャッキャッと心から笑っていた。
 そこに集まっていた親友達も甥に負けないぐらい、ドッと歓声
を上げて笑いくずれた。

「ははっ、はははっ、はははっ、はは、ははは、はは!」

「あの人はクリスマスなんてバカバカしいと言いましたよ。本当
に」と、スクルージの甥は言った。
「あの人は、貧乏人が粗末なクリスマスに満足しているとね」

「とてもよくないことだわ、フレッド」と、甥の妻は腹立たしそ
うに言った。

 こういう婦人達は愛すべき存在だ。彼女達は何でも中途半端に
しておくということはない。いつでも大真面目である。

 甥の妻は非常に美しかった。とびっきり美しかった。えくぼが
あり、われを忘れるような、素敵な顔をしていた。まるで、キス
されるために造られたかと思われるような、確にそのとおりでも
あるのだが、豊かな小さい口をしていた。頬には、そばかすがあっ
て少女のようにかわいらしく、彼女が笑うと桃色の頬の飾りとなっ
てしまうのだ。それからどんな可憐な少女の顔にも見られないよ
うな、きわめて晴れやかな目をしていた。まとめていえば、彼女
は魅惑的な女性だった。しかし、世話女房のような。おお、どこ
までも世話女房のような女性でもあった!

「変なおじいさんだね」と、スクルージの甥は言った。
「それが本当のところさ。そして、もっと愉快で面白い人である
はずなんだが、そうはいかないんですよ。ですが、あの人が損を
しているということだし、それに、寂しい人生という報いを受け
ていらっしゃいますから、なにも私があれこれ、あの人を悪く言
うことはありませんよ」

「ねえ、あの方はたいへんなお金持なのでしょう、フレッド」と、
甥の妻は、あえて確かめた。
「少なくとも、貴方はいつも私にはそう仰しゃいますわ」

「それがどうしたというんだい?」と、スクルージの甥は言った。
「あの人の財産は、あの人にとって何の役にも立たないんだよ。
あの人は、それを使って何の善いこともしないのさ。それで自分
のいる場所を気持ちよくもしない。いや、あの人は、それでゆく
ゆくは僕達をよくしてやろうと・・・。ははっ、ははは、ははは
は! そう考えるだけの余裕もないんだからね」

「私、もうあの人にはあきれるわ」と、甥の妻は言った。そして、
彼女の姉妹も、その他の婦人たちも皆、賛同した。

「いや、僕はあきれたりはしないよ」と、スクルージの甥は言っ
た。
「僕はあの人が気の毒なんだ。僕は怒ろうと思っても、あの人に
は怒れないんだよ。あの人の嫌な性格で誰が苦しむんだい? い
つでもあの人自身じゃないか。たとえばさ、あの人は、僕達が嫌
がることを思いつく、するともう、ここへ来て、一緒に食事も食
べてくれようとはしない。それで、その結果はどうだというんだ
い? まあ、すごいごちそうを食べ損ったというわけでもないけ
どね」

「そんなことはないわ。あの方はとてもすばらしいごちそうを食
べ損ったんだと思いますわ」と、甥の妻はなぐさめた。
 他の人たちも皆そうだと言った。その証拠に、彼らは、たった
今、ごちそうを食べたばかりで、テーブルの上にデザートだけを
残したまま、ランプをそばにストーブの周囲に集まっていたのだ。
 誰がどう考えても、彼らが満足のいく食事を食べたことは認め
ざるおえないだろう。

「なるほど! そう言われれば僕も嬉しいね」と、スクルージの
甥は言った。
「だって僕は、近頃の若いご婦人達に、あまり共感できないから
ね。トッパー君、君はどう思うね?」

 トッパーは、甥の妻の姉妹達の一人に、明らかに心を奪われて
いた。というのは、独身者は悲惨(みじめ)な仲間外れになるの
を恐れ、そういう問題に対して意見を言う権利がないと応えたか
らだ。
 これを聞いて、甥の妻の姉妹で、バラを挿した方じゃなくって、
レースのショールをかけた豊満な方が顔を真っ赤にした。

「先をおっしゃいよ。フレッド、さあ」と、甥の妻は両手を叩き
ながら言った。
「この人は、しゃべりだしたことをけっしておしまいまで言った
ことがないのよ。本当におかしな人!」

 スクルージの甥は、また夢中になって笑いこけた。そして、そ
の感染を防ぐことは不可能だった。
 甥の妻の豊満な妹などは香りのあるさく酸で、笑いをこらえよ
うと懸命になった。しかし、こらえきれず、その場にいた全員と
一緒に彼の笑いにつられて笑った。

「僕はただこう言おうと思ったのさ」と、スクルージの甥は続け
た。
「あの人が僕達を嫌って、僕達と一緒に愉快に遊ばない結果はね、
僕が考えるところでは、ちっともあの人の損にはならないはずの
快適な時間を失ったことになると思うんだよ。確かにあの人は、
あのカビ臭く古ぼけた事務所や、ほこりだらけの部屋の中で、自
分一人で考え込んでいたんじゃ、とても見つけられないような愉
快な相手を失っているしね。あの人が好むか好まなくても、僕は
毎年こういう機会をあの人にさしあげるつもりですよ。だって僕
はあの人が気の毒でたまらないんですからね。あの人は死ぬまで、
僕達のクリスマスをけなしているかもしれない。だけど、それに
ついてもっとよく考えなおさなければいけなくなるでしょうね。
僕は、あの人に挑戦しますよ。僕は、上機嫌で毎年毎年、『伯父
さん、御機嫌はいかがですか?』と、訪ねて行くつもりだよ。そ
れが、あのあわれな書記に五十ポンドでものこしておくような気
にしてあげられたら、それだけでも多少のことはあったと言える
だろから。それに、僕は昨日、あの人の心をゆさぶってあげられ
たように思うんだよ」

 甥がスクルージの心をゆさぶらせたなどというのがおかしいと
いって、今度は全員が笑い始めた。しかし、彼は心の底から性格
のいい人で、とにかく彼らが笑いさえすれば何を笑おうとあまり
気にかけなかった。それどころか、自分も一緒になって笑って全
員の喜び楽しむのを盛り上げるようにした。そして、愉快そうに
お酒を回した。

 食後の紅茶を済ませてから、彼らは二、三の音楽を楽しんだ。
というのは、彼らは音楽好きの集まりでもあったからだ。
 グリーやキャッチを唄った時には、皆、なかなかのできばえだっ
た。特にトッパーは巧みな歌唱力があり、最も低い声で唄った。
だけど、その声で唄ったにもかかわらず、額に太い筋も立てなけ
れば顔中を真っ赤にすることもなかった。
 甥の妻はハープを上手に弾いた。そして、色々な曲を弾いた中
に、ちょっとした小曲(ほんのつまらないもの、二分間で覚えて
さっさと口笛で吹けそうなもの)を弾いたが、これはスクルージ
が、過去のクリスマスの精霊によって思い出させてもらったとお
りに、児童養護園からスクルージを連れに帰ったあの女の子、甥
の母親がよく演奏していたものだった。
 この曲の一節が鳴り渡ったとき、あの時の精霊がスクルージに
見せてくれた、すべての出来事が残らず彼の心によみがえってき
た。
 スクルージの心は、だんだん和らいできた。そして、数年前に
何度かこの曲を聴くことが出来たら、彼はジェイコブ・マーレー
を埋葬するような、この歳まで老いて、墓守に手助けされるよう
に、孤独な人生を歩むことはなく、自分自身の手で自分の幸福の
ために人の世に親切を広められたかもしれなかったと考えるよう
になった。

第三章 第二の精霊:その八

第三章 第二の精霊:その八

 辺りはもう徐々に暗くなって、雪がかなりひどく降って来た。
そして、スクルージと精霊が路地を歩いていた時、ある家では、
台所や応接間やその他のあらゆる種類の部屋などで音をたてて燃
え盛っている暖炉の輝きがすさまじかった。
 そこでは、暖炉のチラチラする炎により、十分に焼かれている
熱いごちそうが皿に盛りつけられ、居心地のよい夕食の準備がさ
れていた。それと同時に、寒気と暗闇とを閉め出そうと、今まで
開いていた深紅色のカーテンが、すぐさま閉められようとしてい
た。
 あちらでは、家の中にいた子供達が、自分達の結婚した姉、兄、
従兄、伯父、叔母を出迎えて、自分が一番先に挨拶をしようと、
雪の中に走り出して行った。そしてまたこちらでは、窓のブライ
ンドに、お客が集まっているシルエットがうつり、そこには、皆、
フードをかぶって毛皮のブーツをはいて集まった美しい娘達が、
一斉におしゃべりしてウキウキしながら、近所の家に出かけて行っ
た。そのまばゆいばかりの彼女達が入って行くのを見た独身の男
性達は思わずつられて入っていった。かわいそうだが、彼女達は
巧みな魔女のように、そうなることを知っていたのである。

 ところで皆さんは、このように大勢の集まるパーティが開かれ、
そこに出かけて行くのであれば、どの家も留守になり、友人を招
待したり、煙突の半分までも石炭の火を燃え立たせたりする必要
がないと思われるのではないだろうか?
 せっかく招待客が、それぞれの家へ来ても、誰も出迎えてくれ
る者はいないのだから。それよりも、空き巣に入られる心配はな
いのだろうか?
 そうした心配のない、治安の良いどの家にも祝福あれ。

 この地域の信頼感が強いことに、精霊はどんなに喜んだことか。
どれだけその胸をむき出しにして、大きな手をひろげたことか。
そして、手のとどく限りあらゆるものの上に、その晴れやかで無
害な快楽をその慈悲深い手で振りまきながら、フワフワと空へ登っ
て行ったことか。
 たそがれ時の薄暗い街に、街灯のともし火をポツポツと斑点の
ように点けながら駆けて行く作業員ですら、夜をどこかで過ごす
ために、よい服に着替えていたが、その作業員ですら精霊が通り
かかった時には、その気配で声を立てて笑ったものだ。ただし、
クリスマスの精霊が自分達をお気に入りだとは夢にも思わなかっ
たけれど。

 ところで、スクルージは、今まで精霊から一言の警告も受けな
かったのに、突然、冬枯れた物寂しい沼地の上に連れて行かれ、
精霊とともに立っていた。そこには、巨人の埋葬地でもあったか
のように、荒い石の怖ろしく大きな塊があちらこちらに転ってい
た。
 水は気の向くままにどこへでも流れ、広がっていた。いや、氷
が水を幽閉しておかなかったら、きっとそうしていたであろう。
 コケとシダと、粗い毒々しい雑草のほかには何も生えていなかっ
た。
 西の方に低く夕陽が不機嫌そうな目のように真赤な線を残して
消えてしまった。それが一瞬の間、荒廃した周辺のいたる所に、
しかめっ面をして赤々と照り返していたが、だんだん低く、低く
その顔をゆがめながら、やがて真暗な夜の濃い暗闇の中に見えな
くなってしまった。

「ここはどういう所でございますか?」と、スクルージは聞いた。

「鉱夫たちの住んでいるところだよ。彼らは地の底で働いている
のだ」と、精霊は応えた。
「だが、彼らは私を知っているよ。御覧!」

 一軒の小屋の窓から光が輝いていた。そして、それに向かって
精霊とスクルージは瞬時に進んだ。
 泥や石の壁を突き抜けて、真赤な火の周りに集っている愉快そ
うな精霊のお気に入りを見つけた。
 非常に年老いたお爺さんとお婆さんが、その子供達や孫達やひ
孫達と一緒に、祭日の服装に着飾って陽気になっていた。
 そのお爺さんの声は、不毛の荒地をたけり狂う風の音に時々か
き消されながらも、子供達にクリスマスの歌を唄ってやっていた。
それは、お爺さんの少年時代のすごく古い歌だった。
 皆は時々、声を合わせて唄った。
 子供達が声を高めると、お爺さんも元気がでて、声を高めた。
しかし、子供達が静かになると、お爺さんの元気も沈んでしまっ
た。
 精霊は、ここに停滞してはいなかった。
 スクルージに自分のローブにつかまるよう命じた。そして、飛
び立ち、沼地の上を通過しながら、さてどこへ急いだのだろう。
それは、海へではないか?
 そうだ、海へ。
 スクルージは振り返って地上に目をやり、自分達の背後に陸の
先端を見て、怖ろしげな岩石が連っていたので恐怖した。

 海水は自らが擦り減らした恐ろしい洞窟の中でわき上がり、そ
してそれが渦となってとどろき、この地面を軟弱にしようと激し
くおし寄せていたが、その海水の雷のようなごう音で、スクルー
ジの耳も聞こえなくなってしまった。

 海岸から数マイル行くと、一年中荒れている波を投げつけられ、
すり減らされて沈んだ岩の暗礁があった。そして、その上に築か
れた灯台が一人でそこに立っていた。
 沢山の海藻がびっしりと、まるで海水から生れたように、その
土台にしがみついていた。
 海鳥は、まるで風から生れたかと思われるように、波をすくい
とりながら、そこを上昇し、そして、低く飛んだりしていた。
 こうした所でさえ、二人の男性がともした火を見守っていた。
 灯台の光は、厚い石の壁に開けられた窓から、恐ろしい海の上
に一筋の輝かしい光線を放っていた。
 二人の男性は、粗末なテーブルごしに向い合せに座っていた。
 ゴツゴツした手にこの場所の厳しさが表れていた。それでも、
彼らはラム酒に酔って、お互いにクリスマスの祝辞を言いあって
いた。そして、彼らの一人、しかも年長者の方(古い船の船首に
ついている人形が、荒れた天候で傷跡がつけられているように、
風雨のために顔ぜんたいをいためている年長者の方)が、それこ
そ暴風雨のような、ハスキーな大声で歌を唄い出した。

第三章 第二の精霊:その七

第三章 第二の精霊:その七

「精霊様!」と、スクルージは今までに思ってもみない興味を感
じながら聞いた。
「あの病弱なティムは生きていけるか教えてください」

「私には空いた席が見えるよ」と、精霊は応えた。
「あの貧しい煙突のそばで、これらの幻影が未来の手で消される
ことがなく、このまま残っているものとすれば、その松葉杖は主
を失い、それを大切に使い続けていたあの子は死ぬだろうね」

「ダメです。ダメですよ」と、スクルージは言った。
「ああ、お願いです、親切な精霊様。あの子は助かると言ってく
ださい」

「ああいう幻影は、未来の手で消されないと、そのまま残ってし
まうんだよ。私達の兄弟はこれから先、誰も」と、精霊は断言し
た。
「あの子をここで見つけられないだろうよ。で、それがどうした
というのだい? あの子が死にそうなら、いっそ死んだ方がいい。
そして、過剰な人口を減らした方がいい」

 スクルージは、精霊が、以前、商会にやって来た二人の紳士と
の会話で言った自分の言葉を引用したのを聞いて、頭をうな垂れ
た。そして、後悔と悲嘆の気持ちで胸が締めつけられた。

「旦那」と、精霊は言った。
「旦那の心が石なら仕方ないが、少しでも人間らしい心を持って
いるなら、過剰とは何か、またどこにその過剰があるのかを自分
でみきわめないうちは、あんなよくない口の利き方はつつしんだ
ほうがいいぞ。どんな人間が生きるべきで、どんな人間が死ぬべ
きか、それを旦那が決定しようというのかい? 天の眼から見れ
ば、この病弱で力のない子供のような何百万人よりも、まだ旦那
の方がもっとくだらない、もっと生きる値打ちのない者かも知れ
ないのだぞ! この家族をよく見ろ。旦那には、お金もない貧乏
人の家族にしか見えないかもしれないが、ここには暖かい心を持っ
た家族が力を合わせて暮らしている。それに比べて、旦那の家は
どうだい。お金はあっても心を通わせる者は誰もいない。そのほ
うがよっぽど貧しいと思わないかい? おお神よ、葉の上の虫け
らのような奴が、ほこりの中にうごめいている空腹の兄弟達を見
下し、生命が多過ぎるなどと言うのを聞こうとは!」

 スクルージは、精霊の非難の前に言葉がなく、顔を上げること
ができなかった。ただただ、震えながら地面の上に目を落として
いた。しかし、自分の名前が呼ばれるのを聞くと、急いでその目
を上げた。

「スクルージさん!」と、ボブは言った。
「今日のごちそうの提供者であるスクルージさん。私は貴方のた
めに祝盃を捧げます」

「ごちそうの提供者ですって、本当にねえ」と、クラチェット夫
人は真っ赤になりながら怒りをあらわにした。
「本当に、この辺りにでもあの人がおいでになって、よくご覧に
なればいい。そしたら、腕によりをかけた『ごちそう』を作って、
おもてなししてあげるのにねえ! まあ、あの人のことだから、
何も気にせず、美味しがってムシャムシャ食べることでしょうよ」

「ねえ、お前」と、ボブは言った。
「子供達がいるんだよ! それにクリスマスだよ」

「たしかにクリスマスに違いありませんわね。スクルージさんの
ように、人を遠ざけ、そのくせお金だけとは仲良しで、禁欲で、
分け与えることをしらない人のために祝盃を捧げてあげるんです
から」と、クラチェット夫人は言って、涙声になった。
「私達は貴方がどんな辛い思いをして仕事をしているか知ってい
るわ。私達は貴方にこそ祝杯を捧げたいのよ」

「ねえ、お前」と、ボブは穏かに話した。
「今は不景気だから、どこも大変なんだよ。私のような者が仕事
をさせてもらえるだけでもありがたいことなんだよ」

「それは貴方にその能力があるからよ。あのスクルージさんが、
なんの能力もない人に報酬を払って、長い間、雇うわけがないじゃ
ありませんか」と、クラチェット夫人は涙ぐんで言った。

「クリスマスだよ」と、ボブはなぐさめた。
「私は、皆のためならどんなに辛いことでも耐えられる。だけど
ね、そんなに辛いことはないんだよ。たしかに、スクルージさん
は人には理解されないことがあるけど、それは、このティムと同
じなんだよ。この子の体の辛さはこの子にしか分からないように、
スクルージさんの心がティムの体と同じ状態なんだ。だから、誰
かが手をさしのべてあげないといけないんだよ。そうだったよね、
ティム」

 ティムは、ニコッと笑いながらうなづいた。

「私も貴方のために、また今日のよい日のためにスクルージさん
の健康を祝います」と、クラチェット夫人は言った。
「あの人の心を手助けするために。彼の寿命永かれ! クリスマ
スおめでとう、新年おめでとう! あの人の心に貴方の気持ちが
届きますように! こうして、皆が愉快で幸福でいられるのもあ
の人のおかけですものね。たぶん」

 子供達は母親にならって祝盃を捧げた。彼らには納得のできな
いこともあったが、悪い気はしなかった。
 病弱なティムも一番最後に祝盃を捧げた。それは心のこもった
祝盃だった。

 スクルージは実際、この家族にとっては厄介者だったのだろう。
それは、彼の名前が口にされてからというもの、部屋中に暗い影
が漂ったからだ。そして、それはまる五分間も消えずに残ってい
た。

 その影が消えてしまうと、クラチェット家は、スクルージとい
う害虫でもかたずいたのかと思われるほど安心して、前よりも十
倍は元気にはしゃいだ。
 ボブ・クラチェットは、ピーターのために一つの仕事先の心当
りがあることや、それが叶ったら、毎週五シリング半の報酬が得
られることなどを全員に話して聞かせた。
 弟の二人のクラチェット少年達はピーターが実業家になるんだ
と言って、大変な喜びようだった。そして、ピーター自身は、そ
の幻惑させるような報酬を受取ったら、何かに投資しようと考え
込んででもいるように、シャツの襟に首をすくめて暖炉の火を考
え深く見つめていた。
 続いて、婦人用帽子店の貧しい見習い店員だったマーサは、自
分がどんな種類の仕事をしなければならないかとか、一気に何時
間働かなければならないかとか、明日は休日で一日自宅にいるか
ら、明日の朝はゆっくり休息をするために朝寝坊をするつもりだ
などということを話した。また、彼女は数日前、一人の伯爵夫人
と一人の華族様とを見たが、その貴公子は「ちょうどピーターと
同じぐらいの背の高さだった」と、話した。
 ピーターはそれを聞くと、たとえ皆さんがその場に居合せたと
しても、もう彼の頭を見ることは出来なかったほど、自分のシャ
ツの襟を高く引き上げたものだ。
 その間、栗とポットとは、たえずグルグルと回されていた。
 やがて家族全員は、ティムが、雪の中を旅して歩く迷子のこと
を詩にした歌を唄うのを聞いた。それを唄う彼は、悲しげな小さ
い声を持っていた。だけど、それをとても上手に唄った。

 ボブのような家族のことは、一般的で特にとりたてて言うほど
のことは何もなかった。
 彼らは立派な家族ではなかった。
 彼らはよい服を着てはいなかった。
 彼らの靴は防水からはほど遠かった。
 彼らの服はつぎはぎだらけだった。
 ピーターは質屋の存在を知っていたかもしれない。どうも知っ
ているらしかった。
 けれども、彼らは幸福であった。
 感謝の気持ちに満ちていた。
 お互に仲がよかった。そして、今日に満足していた。
 それで、彼らの姿がぼんやりと淡くなって、しかも別れぎわに
精霊が、いつものようにトーチから振りかけてやった少量の明か
りの中で、もっと幸せに見えた時、スクルージは目をそらさずそ
れらを見ていた。特に病弱なティムを最後まで見ていた。

第三章 第二の精霊:その六

第三章 第二の精霊:その六

 ティムが動き回る時の小さな松葉杖の音が床の上に聞こえた。
そして、ボブの次の言葉がまだ言いだされないうちに、ティムは
兄や姉の助けを借りて、もう暖炉のそばの自分のイスに戻って来
た。
 その間、ボブは服の袖をまくり上げて(かわいそうに、これほ
どまでに袖が汚れることがどうしてあるのか)ジン酒にレモンを
加えて、それをグルグルとかき回してから、とろ火で煮るために
コンロの上に置いた。

 ピーターと二人のちょこまかしていた次男と三女は、ガチョウ
を店に取りに出かけたが、間もなくそれを高々と持ち、行列になっ
て帰って来た。
 そのようなにぎやかさを見れば、あらゆる鳥の中でガチョウが
最も貴重だと思うかもしれない。そう思わせるような出来事がク
ラチェット家では起きるのだ。

 この時代のクリスマスといえば、七面鳥の料理が食べられるよ
うになっていたのだが、まだ貴重で高価だったので買うことので
きないクラチェット家では、昔からクリスマスに食べられていた、
安くて、それも痩せこけたガチョウがいつものようにメインの料
理になっていた。
 もっとも、一番高級な黒鳥だろうが、ガチョウだろうが、どち
らも羽を生やした鳥にはかわりない。

 クラチェット夫人は、グレイビーソース(前もって小さな鍋に
用意してあった)をシューシューと音をさせながら煮立たせた。
 ピーターは、ほとんど信じられないような力でジャガイモを突
きつぶした。
 ベリンダは、アップル・ソースに甘味をつけた。
 マーサは、(湯から出したての)熱い皿をふいた。
 ボブは、テーブルの片隅に座っているティムのそばにイスを寄
せて座った。
 次男と三女は、皆のためにイスを並べた。皆という中にはもち
ろん自分達のことも忘れはしなかった。そして、それぞれの席に
ついて見張りをしながら、自分たちの順番がこないうちに早くガ
チョウが欲しいなどと悲鳴を上げないように、口の中にスプーン
を押込んでいた。
 やっとお皿が並べられた。
 食事前のお祈りも済んだ。それからクラチェット夫人がカービ
ングナイフを手にとって、ゆっくりと見ながら、ガチョウの胸に
突き刺そうと身構えた時、家族全員、息を止めてパタリと静かに
なった。それで、それを突き刺した時には、そして、長い間、待
ち焦れていた詰め物がどっとあふれ出た時には、テーブルの周囲
から割れるような歓声が一斉にあがった。
 あのティムでさえ、次男と三女に励まされて、自分のナイフの
柄でテーブルを叩いたり、弱々しい声で「やったー!」と、叫ん
だりした。
 こんなガチョウは決してありえなかった。

「こんなガチョウが今までに料理されたことなどありえないぞ」
と、ボブは言った。

 その軟かさといい、香りといい、大きさといい、安いこととい
い、すべてのことが賞賛にあたいしていた。
 アップル・ソースとマッシュポテトがそろえば、家族全員で食
べるのに十分のごちそうだった。
 まったくクラチェット夫人が、(皿の上に残った小さな骨の破
片をしみじみと見ながら)とても嬉しそうに言ったとおり、彼ら
は最後までそれを食べ尽くしたのだ! 
 痩せこけたガチョウの料理だったが、それでも一人一人が満腹
になった。特に若い者達は目の上までサルビヤやたまねぎに漬かっ
ていた。ところが、今度はベリンダが皿をとり換えたので、クラ
チェット夫人はプディングを持って来ようと、一人でその部屋を
出て行った。プディングを取り出すところを他の者に見られるこ
となど、とても我慢ができなかったほど、彼女は神経質になって
いたのである。

 もしプディングに十分火が通っていなかったとしたら? 
 取り出す時に、プディングがくずれでもしたら?
 もし皆がガチョウに夢中になっていた間に、誰かが裏庭の塀を
乗りこえて、プディングを盗んで行ったとしたら・・・。
 想像しただけで、次男と三女が青ざめてしまうような想定だろ
う。あらゆる種類の恐怖がまき起こるにちがいない。

 おおぅ! 
 素晴らしい湯気だ! 
 プディングは鍋から取り出された。
 洗濯した時のような臭いがする! 
 それは洗い立ての布の臭いだ。
 おたがいに隣り合せた料理屋とカステラ屋のまたその隣りに洗
濯屋がくっついているような臭いだ。
 それがプディングだった。

 一分と経たないうちに、クラチェット夫人は、皆が待ちかまえ
ている部屋に戻って来た。彼女は恥ずかしそうだが、しかし、誇
らしげな笑顔をしていた。
 プディングには、酒瓶の半分ぐらいのブランディが含まれてい
たので、火が点けられ、ボッボッと燃え立っている。そして、そ
のてっぺんにはクリスマスの柊を突き刺して飾り立てられていた。
 クラチェット夫人は、ドット柄の砲弾のように、いかにも硬く、
またしっかりした、そのプディングを持って戻って来たのだ。

 おお、素敵なプディングだ! 
 ボブ・クラチェットは、しかも冷静に、自分はそれを結婚以来、
クラチェット夫人が達成した最大の成功だと思うと語った。
 クラチェット夫人は、心の重荷が降りた今では、自分は実は粉
の分量について不安を抱いていたことをうちあけた。
 誰もがプディングについて、ああだこうだと言いあった。しか
し、誰もそれが大人数の家族にとっては、どうみても小さなプディ
ングだと言う者はなく、そう考える者もいなかった。
 そんなことを言っていたら、それこそ普段から変わり者と思わ
れていただろう。
 クラチェット家の者で、そんなことを口ばしって、母親に恥を
かかせる者は一人だっていなかった。

 とうとう夕食がすっかり終わった。
 テーブルクロスはきれいに片づけられた。
 暖炉も掃除されて、火が焚きつけられた。
 ポットのカクテルは味見をしたところ、完璧で、リンゴとオレ
ンジがテーブルの上に置かれ、シャベルに一杯の栗が火の上に載
せられた。
 それからクラチェットの家族は、ボブのイメージでは円を描く
ようにだが、実は半円になって、暖炉の周囲に集った。そして、
ボブの手元近くには家中のガラスというガラスが飾り立てられた。
それは、水飲みのコップ二個と、柄のないカスタード用コップ一
個だけだったけれど。これらの容器は、それでも、黄金の大盃と
同じ様にポットから熱いカクテルをなみなみと受け入れた。
 ボブは、晴れ晴れしい顔つきでそれを注いでいた。その間、火
の上にかかった栗はジュウジュウと汁を出したり、パチパチと音
を立てて割れた。
 それから、ボブは家族全員に提案した。
「さあ皆、私達にクリスマスおめでとう。神様、私達を祝福して
下さいませ」
 家族全員でそれを復唱した。

「神様、私達の一人一人に祝福を」と、皆の一番最後に病弱なティ
ムが言った。その彼は、ボブのそばにくっついて自分の小さなイ
スに座っていた。
 ボブは、ティムのやつれた小さい手を自分の手で握っていた。
それは、あたかもこの子がかわいくて、しっかり自分のそばに引
きつけておきたい。もし誰かが自分の手許から引き離しはしない
かと気にかけているようだった。

第三章 第二の精霊:その五

第三章 第二の精霊:その五
 
 精霊には顕著な特質があった。(その特質は、スクルージには
すでにパン屋の店で気がついていたのであるが・・・)
 精霊は、その巨大な体にもかかわらず、どんな場所でも楽々と
その体を適応させることが出来た。そして、精霊は低い屋根の下
でも、どんなに天井の高い広間にいても違和感がなく、優雅に、
そのうえいかにも超自然の生物のように立っていた。

 精霊がまっすぐにボブ・クラチェットの家へスクルージを連れ
て行ったのは、おそらくこの精霊が自分の力を披露することに喜
びがあるのか、それとも精霊の持って生れた親切にして慈悲深い、
誠実なる性格と、すべての貧しい者に対する同情のためかだった。
それは、精霊がスクルージの最も近くで、貧しく虐げられている
者がいることを知っていて、スクルージにそれを気づかせるため
だったからだ。
 ボブの家の玄関前に立った精霊は、ニッコリと笑って、持って
いたトーチから、あのしずくを振りかけながら、ボブの家族を祝
福した。

 考えても見よ! 
 ボブは、一週間に彼自身を意味するわずかな十五ボブ(一ボブ
は一シリングの俗称だ)を得ているだけだった。そう、彼は土曜
日ごとに自分の名前のわずかに十五枚を手に入れるのがやっとだっ
たのだ。だから、現在のクリスマスの精霊は、彼の狭く小さな家
と家族を祝福してくれたのである。

 その頃、クラチェット夫人、つまりボブの奥さんは、二度も裏
返しにした粗末なガウンで、すっかり身なりを整え、そのうえ、
六ペンスという安さにしては良く見えるリボンで華やかに飾り立
てていた。
 クラチェット夫人は、これもまたリボンで飾り立てている次女
のベリンダに手伝ってもらい、テーブルクロスをひろげた。その
一方では、長男のピーターがジャガイモを茹でている鍋の中にフォー
クを突込んだ。
 ピーターは、恐ろしく大きなシャツ(この日のためにと、ボブ
が跡継であるピーターにプレゼントした大切な服だ)の襟の両端
を自分の口の中にくわえながら、自分としてはいかにも華々しく
おしゃれをしたのが嬉しくて、すぐにでも友達の集まる公園に出
かけて自分のシャツを見せたくてしかたなかった。

 その他の二人のクラチェット達、つまり、次男と三女とは、パ
ン屋の近くでガチョウの香りがするのに気づいたが、それは自分
達のだと分ったと言って、キャッキャと叫びながら家に帰って来
た。そして、これらの若いクラチェット達はサルビヤや玉ねぎな
どと贅沢な料理を想像しながら、テーブルの周囲を踊り回って、
ピーターの着ていたシャツを見て、口をそろえて褒めたたえた。
 ピーターは(シャツの襟がのどを締めそうになっていたが、特
に気にせず)火を吹きおこしていた。やがて、なかなか茹で上が
らなかったジャガイモがようやくやわらかくなったので、取り出
して皮をむいてくれと、大きな音を立てて鍋のフタを叩きだした。

「それはそうと、お前達のだいじなお父さんはどうしたんだろう
ね?」と、クラチェット夫人は言った。
「それからお前達の弟のティムもだよ! それからマーサも去年
のクリスマスには三十分ぐらい前に帰って来ていたのにねえ」

「マーサが戻りましたよ、お母さん!」と、言いながら、長女の
マーサがそこに現われた。

「マーサが帰って来たよ、お母さん!」と、次男と三女が叫んだ。
「やったあ! こんなガチョウがあるよ、マーサ!」

「まあ、どうしたというんだね、マーサ。ずいぶん遅かったねえ!」
と、言いながら、クラチェット夫人は何度も彼女にキスしたり、
あれこれと世話をしたがって、マーサのシォールや帽子などを脱
がしたりした。

「昨夜(ゆうべ)のうちに仕上げなければならない仕事が沢山あっ
たのよ」と、マーサは応えた。
「そして、今朝はまたお掃除をしなければならなかったの、お母
さん!」

「ああ、ああ、帰って来てくれたんだもの、もうなにもいうこと
はないんだよ」と、クラチェット夫人は言った。
「暖炉の前に座りなさい。そして、まずお暖まり。本当によかっ
たねえ」

「だめだ。だめよ。お父さんが帰って来られるところだ」と、ど
こへでもでしゃばりたがる次男と三女がどなった。
「隠れて。マーサ、隠れてて」

 マーサは言われるままに隠れた。そして、お父さんのボブは、
少しして、毛糸のマフラーを、ふさを除いて少くとも三フィート
はだらりと垂らして、この季節に見栄えが良いようにと、とびっ
きりの着古した服にブラシをかけ、そして、病弱な末っ子のティ
ムを肩車して戻って来た。
 かわいそうで病弱なティムよ。彼は、鉄のギブスで手足を固定
し、小さな松葉杖をついて支えていた。

「あれ、マーサはどこにいるんだい?」と、ボブは辺りを見回し
ながら聞いた。

「まだ帰ってませんよ」と、クラチェット夫人は応えた。

「まだ帰っていないのか!」と、ボブは今まで元気だったのが嘘
のように、急にがっかりして言った。
 実際、ボブは教会から帰る途中、ずっとティムを肩車して、ま
るで暴れ馬のようにピョンピョンと跳ねながら帰って来たのだ。
「クリスマスだというのに、まだ帰っていないのか!」

 マーサは、たとえ冗談にしても、父親が失望しているのを見た
くなかった。それで、まだ早いのにクローゼットのドアの陰から
出て来た。そして、ボブの両腕の中に走り寄った。
 その間、次男と三女は、ティムをぐいぐい引っ張って、鍋の中
でグツグツ煮えているプディングの歌を聞かせてやろうとキッチ
ンへ連れて行った。

 クラチェット夫人は、クスクス笑いながら、ボブが簡単に人の
言うことを本気にするのをひやかした。
「ところで、ティムはどんな様子でした?」と、クラチェット夫
人は聞いた。

 ボブは、おもいっきりマーサを抱きしめていた。
「黄金に値するよ」と、ボブは応えた。
「もっと善かったかな。あんなに長い時間、一人でイスに座て、
どういうわけか考え込んでいたんだ。そして、誰も今まで聞いた
こともないような奇妙なことを考えているんだよ。帰り道で、私
にこう言うんだ。教会の中で皆が自分を見てくれればいいと思っ
た。なぜなら自分の体が不自由なのを見れば、皆は元気なことを
神様に感謝する。それで、自分に手をさしのべる気になて、自分
は感謝の気持ちを込めて歌を唄えば、皆も気分がよくなる。する
と、もしクリスマスの日に、皆が体の不自由なホームレスや盲目
の人が歩いているのを見かけたら、自分のことを思い出して手を
さしのべるのが習慣になれば、街中が幸福に包まれ、楽しくなる
だろうからと言うんだよ」

 クラチェット夫人にこの話をした時、ボブの声は震えていた。
そして、病弱なティムが強い心に成長したと言った時には、もっ
と震えていた。

第三章 第二の精霊:その四

第三章 第二の精霊:その四

 やがて街中に響いていた鐘の音は静まりかえった。そして、パ
ン屋の店も閉じられた。
 どこのパン屋でも、そのオーブンの辺りの雪が溶けて濡れた場
所には、貧しい人々に与えられた夕食に出された料理の残り香が、
良い音楽の余韻のように残されていた。そこでは、まるで石まで
料理されているように、舗道の石畳が湯気を立てていたのである。

「精霊様のお持ちのトーチは、何でもできるすばらしい道具です
ね」と、スクルージは精霊の持っていたトーチを褒め称えた。

「旦那は、そう思うかね?」と、精霊は聞いた。

「はい。そのトーチから振りかけていらっしゃったものには、な
にか特有の味でもついているのですか?」と、スクルージは聞い
た。
「それが今日のどんな夕食にでもよく合うのでしょうか?」

「最も貧しい者に、親切心から与えられた料理にはね」と、精霊
は応えた。

「なぜ、最も貧しい者に?」と、スクルージは聞いた。

「そうした者は最もそれを必要としているからね」と、精霊は応
えた。

「精霊様!」と、スクルージはちょっと考えた後で言った。
「私たちの周囲の色々な世界のありとあらゆる存在の中で、(他
の者ならともかく)最も賢明な精霊様が、商売の邪魔をしていらっ
しゃることは、私にはどうも不思議でなりません」

「私が!」と、精霊は叫んだ。

「七日間にわたって精霊様は、食事を提供している店の商売を邪
魔していらっしゃるのですよ。彼らにとってこの一週間こそ最も
稼げる日なのです」と、スクルージは言った。
「そうじゃありませんか?」

「私がだと!」と、精霊は叫んだ。

「精霊様は七日間にわたって、貧しいからといって、他の料理屋
より美味しい料理を無料で与えていては、誰も他の料理屋へは寄
りつかなくなります。その結果、商売をできなくしているのです」
と、スクルージは言った。
「だから、同じことになるんですよ」

「それで私が商売の邪魔をしていると言うのかい?」と、精霊は
大きな声で聞いた。

「間違っていたらお許しください。ですが、クリスマスというの
は、一年でも特に稼ぎ時なのです」と、スクルージは応えた。

「人間にとって食事とはなんだ? 生きていくうえで欠かすこと
のできないことじゃないのかい? 料理は生きていくためのいわ
ば道具だ。道具はそれを必要としている者に公平に与えられるも
のだ。それを独り占めにしたり、他人には使わせず、捨ててしまっ
ていいものではないだろ。売り物にすることじたいが間違ってい
るんじゃないかい?」と、精霊は聞いた。

「たしかにそうですが、それを商売にして食事にありついている
者がいることも事実です」と、スクルージは応えた。

「旦那、この世の中にはね」と、精霊は話し始めた。
「私達を知っているような顔をしながら、自分勝手な目的のため
だけに、クリスマスの名前を利用して商売している者がいるんだ
よ。しかも彼らは、私達や、私達の一族には一面識もない奴らな
んだよ。これはよく覚えておいてもらいたいね。彼らのしたこと
については、彼らを責めるべきだろ。そのことで私達を批判して
もらいたくないものだね。いいかい旦那、私のやっていることは、
このトーチという道具を使って気づかせているにすぎないんだよ。
お腹を空かせていれば、どんな料理だって美味しいと感じる。争
うことの愚かさやむなしさを気づかせているだけだ。道具は使い
方しだいだ。どんな道具でも使い方を間違えたり、使わなければ
役には立たない。このトーチは何でもできるわけじゃないんだよ。
トーチを良くも悪くもするのは、私自身の使い方にあるんだ。食
事を提供することを商売にするのなら、もっと料理という道具の
使い方を工夫するべきだ。それが人間の知恵というものじゃない
かね? そういう旦那はどうだい。道具を集めているだけで、使っ
たことはないだろう」

 スクルージは、まだ納得はしていないようだったが、反論はし
なかった。

 それから精霊とスクルージは、最初の精霊と行動した時と同じ
ように誰にも姿が見えない状態で、町の郊外へ向かって行った。

第三章 第二の精霊:その三

第三章 第二の精霊:その三

 柊、ヤドリギ、赤い果実、蔦、七面鳥、ガチョウ、獲物、家禽、
野猪肉、獣肉、豚、ソーセージ、カキ、パイ、プッディング、果
物、パンチボウル、これらすべての物が瞬く間に消えさってしまっ
た。
 同じように部屋も、そこにあった暖炉も、赤々と燃え立つ炎も、
夜の時間も消えてしまって、精霊とスクルージは、クリスマスの
朝の街頭に立っていた。
 街頭では(寒気が厳しかったので)人々はそれぞれ、家の前の
歩道や屋根の上から雪かきをして、雑然とした、しかし、不快で
ない活発な一種の音楽を奏でていた。
 屋根の上から下の道路へバサバサと雪が落ちてきて、人工の小
さな雪崩となって散乱するのを見て、少年たちが狂喜していた。
 屋根の上のなめらかな白い雪のシートと、地面の上の少し汚れ
た雪だまりとの対比で、家の正面はかなり黒く、窓ガラスは一層
黒く見えた。
 地上の雪の降り積った表面は、荷馬車や荷車の重たい車輪に踏
み潰されて、深いわだちを作っていた。それは、何筋にも大通り
の分岐したところで、何百ものくい違った上をまたくい違って、
厚い黄色の泥や氷のような水の中に、跡をたどるのが困難で複雑
な深い溝になっていた。
 空はどんよりして、すごく短い路地ですら、半分は黒くすすけ、
半分は鉛色に凍ったような薄汚れた霧で息が詰まりそうだった。
そして、その霧の中の重い粒子のすすのようなものは、原子のシャ
ワーとなって、あたかもイギリス中の煙突がすべて一緒に火を吸
い込み、思う存分、心の行くままにすすを吐き出してでもいるよ
うに降って来た。
 この気候にも、またこの街の中にも、たいして陽気なものは一
つとしてなかった。それでいて、真夏の澄みわたった空気や照り
輝く太陽がいくらがんばって発散しようとしてもとても無駄なよ
うな晴れ晴れとした空気が外にたなびいていた。というのは、屋
根の上でどんどん雪をかき落していた人々が、屋根上のふちから
互いに呼び合ったり、時には冗談で雪玉(これは多くのたわいも
ない冗談よりも気立てのいい飛道具である)を投げ合ったり、そ
れがうまく当たったと言って、ゲラゲラと笑ったり、また当たら
なかったと言って、同じようにゲラゲラと笑ったりしながら、愉
快な喜びでいっぱいだったからだ。

 鶏肉屋の店はまだ半分開いていた。
 果物屋の店は今が盛りと華やかさを競って照り輝いていた。そ
こには大きな円いポット腹の栗のカゴがいくつもあって、陽気な
老紳士のチョッキのようなかっこうをしながら、店先の所にぐっ
たりともたれているのもあれば、腫れたようにふくれて通りへゴ
ロゴロ転がり出ているのもあった。それに、血色のいい茶色の顔
をして、広いベルトを締めたようなスペイン種の玉ねぎがあって、
スペインの修道士のように勢いよく肥え太り、娘が通りかかるた
びに、いたずらっぽい目つきで棚の上からそっとウィンクしたり、
吊り上げてあるヤドリギをおとなしそうに見ていた。それから、
梨やリンゴなどが派手なピラミッドのように高く盛り上げられて
いた。また、その店の軒先からは、ぶどうの房が、店主の好意で、
通りすがりの人が無料で口に水分を潤すようにと、人目につくフッ
クにぶら下げられていた。そこにはまた、茶色をした榛(はしば
み)の実がコケをつけ、山と積み上げられていた。そして、その
香りは、過去に森の中の古い小道や、枯れた落葉の中を足首まで
埋もれさせながら足を引きづり引きづり、愉快に歩き回ったこと
を思い出させていた。
 果物屋の店主の前には果肉が厚く色の黒ずんだノーフオーク産
のリンゴがあって、オレンジやレモンの黄色を引き立たせたり、
その水気の多い熟した物を、早く紙袋に包んで持ち帰って、食後
にどうぞとしきりに声をかけ薦めていた。これらのよりすぐられ
た果物の間には、金魚や銀色の魚が水槽に入れて出してあったが、
そんな鈍く鈍感な生き物でも、世の中には何事が起っているとい
うことを感知しているかのように見えた。そして、一匹残らず冷
静さをなくし興奮をして自分の小さな世界をグルグルとあえぎな
がら泳いでいた。

 こっちの食料品屋! 
 あっちの食料品屋! 
 おそらくこの二つの店は、ほぼシャッターを閉めているので、
いずれも閉じようとしていた。しかし、その隙間からだけでも、
にぎやかな光景がいたるところに見えている! 
 天井からぶら下がった天秤が、カウンターの上まで降りて来て
愉快な音を立てているかとおもえば、より糸がそれを巻いてある
軸からグルグルと活発に離れてきたり、缶が手品を使っているよ
うにカラカラと音を立ててあちらこちらに転がっていた。
 紅茶とコーヒーの混じった香りが漂い、本当にうれしかったり、
干しブドウが沢山あって、しかもそれはすごく高級で、アーモン
ドがすばらしく真白で、シナモンの棒が長くてまっすぐで、その
他の香料も非常に香ばしく、砂糖漬けの果物が、とても冷静な第
三者でも一口舐めれば気が遠くなって、次第にカッカとしてくる
ように、溶かした砂糖で、固めたりまぶしたりされていた。
 イチジクがジュクジュクとして熟れていた。
 フランスのプラムが沢山飾られた箱の中からほどよい酸味を持っ
て顔を赤らめながらのぞいていた。
 なにもかも食べるにはよく、またクリスマスの装いを凝らして
いた。
 それら以上に、むしろお客が皆、この日の嬉しい期待に気が急
いで夢中になっているのである、そのため、出入り口でお互いに
ぶつかって転がったり、柳の枝製のカゴを乱暴に押しつぶしたり、
カウンターの上に買った物を忘れて帰ったり、またそれを取りに
駆け戻って来たりして、同じような間違いを何度となく上機嫌で
繰り返しているのだ。それと同時に、食料品屋の主人や店員のエ
プロンは、背中で締め着けている磨き上げた心臓型の留め金が、
行き来している人達に見てもらうためか、または光る物が好きな
カラスにでもつっついてもらうためか分からないが、彼ら自身の
心臓だとでもいうようにちらつかせ、開放的で喜々として働いて
いた。

 そうした中、まもなく方々の尖塔の鐘は、教会や礼拝堂にすべ
ての善い人達を呼び集めるために鳴り響いた。
 彼らは、最高の服で街中を群れながら、とても愉快そうな顔を
そろえて、ゾロゾロと集まって来た。それと同時に、あちらこち
らの横道、小道、名もない片隅から、無数の人々が自分達の夕食
をもらいに、売れ残った食材で料理をふるまうパン屋などの店々
へ向かって行った。
 これらの貧しい人々の楽しそうな光景は、とても精霊の興味を
ひいたらしく、精霊は一軒のパン屋の出入り口に、スクルージを
そばに呼んで立っていた。そして、彼らが夕食を持って通るたび
に、ふたを取って、トーチからその夕食の上に香料を振りかけて
やった。
 精霊の持つそのトーチは、普通のトーチではなかった。という
のは、一度か二度、夕食をもらいに来た人達がお互いに押しのけ
あってケンカを始めた時、精霊はそのトーチから彼らの頭上に二、
三滴の水を振りかけた。すると、彼らはたちまち元通りのよい機
嫌になったのだ。そして、彼らは口々に、そうだクリスマスの日
にケンカするなんて恥かしいことだと言いあった。

 そうだとも! 
 まったく、そのとおりだ!

第三章 第二の精霊:その二

第三章 第二の精霊:その二

 そこはスクルージの部屋だった。そのことについては疑う余地
がなかった。ところが、そこは驚くべき変化をしていた。
 部屋には、壁にも天井にも生々した緑の葉が垂れ下がって、完
璧な森のように見えた。そして、いたる所に明るく輝く果物が、
まるで露のようにきらめいていた。
 柊(ヒイラギ)やヤドリギやツタのさわやかな葉が光を照り返
して、さながら無数の小さな鏡がちりばめられているように見え
た。
 スクルージが住んでいる時でも、マーレーが住んでいた時でも、
また、なん十年という過ぎ去った冬の間にも、この石と化したよ
うに忘れ去られた暖炉が、今まで経験したことのないような、そ
れはそれは盛んな火炎を煙突の中へゴウゴウと音を立てて燃え上
がらせていた。
 七面鳥、ガチョウ、獲物、家禽、野猪肉、肉の大きな関節、仔
豚、ソーセージの長い環、ミンチパイ、プラムプッディング、カ
キの樽、赤く焼けている栗、桜色の頬のようなリンゴ、ジューシー
なオレンジ、甘くて美味しそうな梨、巨大な十二段のケーキ、泡
立っているパンチボールなどがそれぞれの美味しそうな湯気を部
屋中にあふれさせ、一種の玉座を形造るように、床の上に積み上
げられていた。そして、その頂にあるソファの上に、見るも愉快
な、陽気な巨人がゆったりとかまえて座っていた。
 巨人は、その形からして豊穣の角に似ている一本の燃え立つトー
チを片手に持っていたが、スクルージがドアの後ろから覗くよう
にして入って来た時、その光を彼に振りかけようとして、高くそ
れを差し上げた。

「来なさい!」と、巨人は叫んだ。
「来なさい! そして、もっとよく私を観察すればいい、旦那!」

 スクルージは、まるで他人の家に来たように、おずおずと入っ
て、この巨人の前に頭を下げた。その姿は今や以前のような強情
な彼ではなかった。だから、巨人の目は明らかに親切だったけれ
ど、巨人がそれに満足しているような好意はなかった。

「私は現在のクリスマスを盛り上げる精霊だ」と、精霊は言った。
「私をよく見るんだ」

 スクルージは、恐る恐る精霊の座る高台を見上げた。
 精霊は、白い毛皮で縁取った、濃い緑色の簡単なローブ、ある
いはマントのようなものを身にまとっていた。その衣装は体にふ
わりとかけてある感じがした。そして、それ以外はなにも身につ
けていない裸のようで、大きい胸板が見えていた。
 精霊は、それ以外の衣装など必要ないといった野生的な雰囲気
をかもしだしていた。
 衣装のすその深いひだの下から見えているその足も、やはり素
足だった。ただ、その頭には、いたるところにピカピカ光るつら
らの下がっている柊の花で作った冠があった。
 精霊のこげ茶色の巻き毛は長く、そしてゆるやかに垂れていた。
ちょうどそのにこやかな顔、キラキラしている目、開いた手、元
気のよい声、くつろいだ態度、楽しげな雰囲気のように無造作だっ
た。
 よく見ると、精霊の腰の周りには古風な刀の鞘をさしたベルト
を巻いていた。しかし、その鞘の中に剣はなかった。しかもその
古い鞘はサビてぼろぼろになっていた。

「旦那はこれまで私のような姿を見たことがないんだ!」と、精
霊は、驚いたように叫んだ。

「もちろん、ございません」と、スクルージはそれに応えた。

「私の一族の若い者達と一緒に歩いたことがなかったかい? 若
い者達といっても、(私はその中で一番若いんだから)この近年
に生まれた私の兄さん達のことを言っているんだが」と、精霊は
聞いた。

「そんなことがあったようには覚えてませんけど」と、スクルー
ジは応えた。
「どうも残念ながら一緒に歩いたことはなかったようでございま
す。ご兄弟が沢山いるのですか? 精霊様」

「千八百人以上はいるよ」と、精霊は応えた。

「恐ろしく沢山のご一族ですね。食べさせていくにも・・・」と、
スクルージは口の中でつぶやいた。

 おもむろに精霊は立ち上がった。

「精霊様!」と、スクルージは率直に言った。
「どこへでもお気の向いた所へ連れて行って下さいませ。昨夜は、
しかたなくついて行きましたが、その体験で、私の心にしみじみ
感じることのできる教訓を学びました。今夜も、何か私に教えて
下さるのなら、どうかそれによって有益な時間にして下さいませ」

「私のローブに触ってごらん!」と、精霊は言った。

 スクルージは言われたとおりにした。そして、しっかりと精霊
のローブを握った。

第三章 第二の精霊:その一

第三章 第二の精霊:その一

 スクルージは、自分の発する怖いぐらいに大きないびきで目を
覚ました。そして彼は、ベッドから体を起こして頭を少し振り、
完全に目を覚まそうとした。というのは、もうそろそろ時を告げ
る鐘が夜の一時を打つ頃だと分かっていたからだ。
 ジェイコブ・マーレーの言っていた次に来る精霊を出迎え、交
渉するには、ぎりぎりの時間に起きてしまったとスクルージは思っ
た。しかし、今度の精霊はベッドの周りのどのカーテンを引き寄
せて入って来るのだろうかと、それが気になりだすと、どうも気
味の悪い寒さを背中に感じたので、彼は自分の手でカーテンを残
らずわきへ寄せた。それからまた横になると、鋭い目をベッドの
周囲に放ちながら、じっと警戒していた。というのは、今度は彼
のほうから精霊が出現するその瞬間に、戦いを挑んでやろうと思っ
たからだ。
 スクルージは、また不意打ちされないようにと、冷静さを保っ
た。

 威厳を装う紳士は、常に冷静であることを自慢している。そし
て、人災から天災まで、どんなことでも覚悟しているという態度
で身構えているが、その反面、何にでもチャレンジすることで自
分の能力の優れていることを示そうとする。
 なるほど、この両極端の間には、ある種の共通点があるのかも
しれない。
 スクルージがそこまで思いきったことをすることはないのだが、
私は、彼が不思議な得体の、ある程度の攻撃を覚悟し、一生のう
ちで、どんなことが起きても彼を驚かすことはできないだろうと
いうことを皆さんに理解してもらいたい。

 ところが、スクルージは、どんなことが起きても対処できる心
構えをしてはいたが、何も起きないことにはなすすべがなかった。
だから、時を告げる鐘が夜中の一時を打っても、何の姿も現れな
かった時、なんともいえない恐怖で体が震えた。
 五分、十分、十五分と経っても、何一つ出てこない。その間、
スクルージは、ベッドの天井で、赤々と燃え立つような光を浴び
ながら横になっていた。
 その光は、教会の鐘が夜中の一時を告げた時に、そのベッドの
天井から流れだしたものである。そして、それがただの光であっ
て、しかもそれが何を意味しているのか、何をどうしようとして
いるのか、さっぱり理解ができなかったので、スクルージにとっ
ては、前の夜中に来た最初の精霊の時よりも困惑していた。
 スクルージが、その光だけしか変化がなかったことで安心する
より、まれにみる自然発火ですべてが燃えつきるのではないかと、
時々不安になった。しかし、最後に彼も考え出した。

 それは皆さんや作家の私なら最初に考えついたことなのだが、
こういう火災が起きた時には、どういうふうに行動しなければな
らないかを知っているし、またきっとその行動を実行するだろう。
そんな冷静な行動が出来るのは、私達にさしせまった危険がなく、
その状況の中にいる当事者ではないからだ。
 では話を続けよう。

 スクルージもよくよく考えて、その怪しい光の出所が壁一枚隔
てた隣の部屋にあるのではないか、そして、光の射してくる方向
をたどると、どうもその隣の部屋のドアからもれているのではな
いかとの考えに達した。そこで、彼は、ベッドから起き上がり、
スリッパをはいて、隣の部屋のドアの方に恐る恐る歩み寄った。

 スクルージの手が、隣の部屋のドアの鍵にかかったその瞬間、
耳慣れぬ声が彼の名前を呼んで、彼に中に入れと命じた。思わず
彼はそれに従った。

2014年4月10日木曜日

第二章 第一の精霊:その七

第二章 第一の精霊:その七

 それは別の光景でもあれば別の場所でもあった。
 そんなに広くもなく、きれいでもないが、住心地がよさそうな
部屋だった。
 冬の暖炉のそばに一人の美しい若い婦人がイスに座っていた。
 婦人の向かい側に彼女の娘が同じようにイスに座っていた。そ
の娘は、スクルージも同一人物だと思ったくらいに、前の場面に
出てきたあの娘とよく似ていた。
 部屋の中の物音はすごく騒々しかった。というのは、スクルー
ジの目の前には、落ち着きのない、数えきれないほど大勢の子供
達がいたからだ。

 あの有名な詩、ウォーヅウォースの「弥生に書かれたる」と題
する短編詩の羊の群とは違って、四十人の子供達が一人のように
振舞うのではなく、それぞれ一人の子供が四十人のようにはしゃ
いでいるのだからたまらない。だから、その結果は信じられない
ほどのにぎやかさだった。しかし、誰もそれを気にするようには
見えない。それどころか、婦人と娘は、ニコニコ笑いながら、そ
れを見てとても喜んでいた。そして、娘は間もなくその遊びに加
わった。というよりも、たちまち若い山賊達に娘は残酷に略奪さ
れてしまった。

「これがあの娘が望んでいたことなのかい?」と、精霊が言った。
「たしかにお金では買えそうにないが、それほどの価値があるの
かね」と、精霊は首をかしげた。

「精霊様には、この価値がお分かりにならないのですか?」と、
スクルージはあきれたように言った。
「私だったら、あの彼らの一人になったとしてもその娘を奪えな
かったでしょう。私なら絶対に、あんな乱暴なことはしませんね。
本当に絶対に。もし、世界中の宝物をくれるといっても、あのき
れいに編んだ髪をむしゃくしゃにしたり、ぐんぐん引っぱったり
はしないつもりです。それに、あの貴重な小さい靴も、私は近づ
くことはせず、それを脱がさなかったでしょう。この私の気持ち
を神様も分かっていらっしゃるでしょう! 私の人生を賭けても
いい。冗談でも彼らのような大胆な若い雛っ子達がやったように
娘の腰に抱きつくなんてことは、私にはまったく出来ないことで
すよ。そんなことをすれば、私はその罰として、私の腰の周りに
腕が生えてきて根のようになり、もう手を使うことはできなくな
るでしょうね」と、彼は息も切らさずに言い放った。しかし、本
当のことを言うと、彼は娘をわが子のように思い、キスをするこ
とを我慢できそうになかったのだ。
 キスをするために、娘に言葉をかけてみたかったのだ。その伏
目がちな眼差しとまつげを見つめながら。それも平然と顔色も変
えずにだ。
 娘の髪の毛に触れて、ゆるく波打たせてもみたかったのだ。そ
の1インチですら値段がつけられないほど貴重な記念品になるそ
の髪の毛に触れてみたいと思っていたのだ。
 スクルージは、無邪気な子供の特権を利用しながらも、大人と
して、父親のように娘に好意をよせたかったのだ。それほどの価
値があるのだと精霊に告白した。

 突然、出入り口のドアを叩く音が聞えた。すると、たちまち子
供達の突進がそれに続いて起こった。
 娘はニコニコ笑いながら、めちゃくちゃにされたドレスを整え
ることもできず、活気のある騒々しい群れの真中に挟まれて、やっ
と父親の出迎えに間に合うように、出入り口の方へ連れられて行っ
た。
 父親は、クリスマスのおもちゃやプレゼントを背負った男性の
ポーターを連れて戻って来たのである。
 次には叫び声と殺到。そして、無防備のポーターに向って一斉
に突撃が試みられた。それからイスを脚立にして、そのポーター
の体によじ登りながら、彼のポケットに手を突込んだり、茶色の
包装紙をひったくったり、襟首にしがみついて抱き着いたり、背
中をポンポンと叩いたり、愛情のあまり我を忘れて思わず彼の足
を踏んづけたりしていた。
 プレゼントの包装紙が開かれるたびに、驚きと喜びの叫び声で
それが迎えられた。
 赤ちゃんが人形の持っていたフライパンを口に入れようとして
いるところを取り上げたり、木製の皿にノリ付けになっていたお
もちゃの七面鳥を飲み込んだと言い、そうかもしれないと大騒ぎ
になった。 ところが、これは空騒ぎだったと分って、やれやれ
とひと安心した。
 喜びと感謝と幸福につつまれた。
 子供達もようやく落ち着きをとりもどし、全員が力尽きたよう
だった。
 次々に子供達は、その感動を残したまま客間を出て、ゆっくり
と階段を一段ずつ上がり、やっと家の最上階までたどり着いて、
それぞれのベッドに入ると、そのまま静まりかえった。

 まだ起きている娘は、暖炉のそばのイスに座った父親に甘える
ように寄り添い、その横には母親も一緒にいた。
 三人の幸せそうな姿をスクルージはうらやましそうに眺めてい
た。そして、あの時、別れた娘の希望を叶え、自分にも父親と慕っ
てくれる娘ができていたとしたら、一生のやつれ果てた冬の時代
に春の季節をもたらしてくれたかも知れないと思った時、彼の瞳
は本当にぼんやりとうるんできた。

「ベル」と、父親は微笑んで母親の方へ振り向きながら言った。
「今日の午後、お前の昔馴染に出会ったよ」

「誰ですか?」と、母親は聞いた。

「当ててごらん!」と、父親はじらした。

「そんなこと当てられるものですか。ああ、あなたったら、もう、
分りましたよ」と、父親が笑った時に母親も一緒になって笑いな
がら、ひときわ高い声で言った。
「スクルージさんでしょう!」

「そう、スクルージさんだよ。私はあの人の事務所の前を通った
んだ。窓が少し開いてたからなにげなく見たら、部屋の中にロウ
ソクがともっていて、あの人が見えたんだよ。以前よりも、もっ
と裕福になっているようだった。君は私のような貧乏人と一緒に
なって後悔していないかい?」と、父親は少し意地悪に聞いた。

「後悔なんてしていませんわ。あの人と一緒になっていたら、こ
んなに幸せな家庭はできなかったでしょうね。貴方が貧乏人ですっ
て? なに不自由なく生活させていただいているのに。貴方はお
金の使い方をよくご存知なのよ。この無理のないちょうどいい生
活をするのが私の望みでしたもの」と、母親は娘をみつめて幸せ
そうに言った。

「そうだったね。そうそう、あの人と共同経営者になっている人
が病気で死にそうになっていると聞いたよ。でも、あの人は平気
そうで、一人で部屋にいたけど、本当に独りぼっちになってしま
うんじゃないかな?」と、父親は心配そうにつぶやいた。

「精霊様!」と、スクルージはかすれた声で言った。
「どうか他の所へ連れて行って下さい」

「どうしたんだね?」と、精霊は不思議そうに聞いた。

「みじめなんです。たまらなくみじめで見ていられません」と、
スクルージは前で腕組みして、寒そうに体をすくめて言った。

「これはただ昔あったものの残像にすぎないと、私からあんたに
言っておいたじゃないか」と、精霊は言った。
「これがあんたの選んだ道だろ。あんたより彼らのほうがみじめ
な生活をしているんじゃないのかい?」

「どこかへ連れて行って下さい!」と、スクルージは叫んだ。
「私にはもう見ていられません!」

 スクルージは精霊の方へ振り向いた。そして、精霊の周りに、
それまで彼が出会った、色々な人たちの顔が現れては消えている
ように見えた。
 精霊はなにくわぬ顔をして、じっとスクルージを見つめていた。
そして、しばらくにらみ合った。

「そろそろ時間だ。あんたがどんなに後悔したって、過去は変え
られない。だけど、過去からしか学ぶことはできないよ。過去を
良くも悪くもするのはあんた自身なんだよ」と、精霊は言って、
スクルージに近づいた。

「もう説教は沢山だ!」と、スクルージは叫んだ。

 その瞬間、精霊の頭の光が高く明るく輝き始めた。その光のま
ぶしさに耐えきれなくなったスクルージは、とっさに精霊の持っ
ていた「多くの者の欲望で出来ている」とされるキャップをつか
んだ。

 精霊はそれを取り戻そうとしたのだが、スクルージは自分が襲
われると思い、精霊の頭にキャップを被せた。すると、精霊はそ
の下にヘラヘラと倒れた。そして、精霊はその中に吸い込まれる
ように体がすべて収まってしまった。
 スクルージは全身の力をこめてそれを押さえつけていたけれど
も、光はそのまぶしさを失うことはなく、地面に洪水のように流
れ出していた。

「私を連れ戻して下さい。そして、精霊様はどこかへ行って下さ
い! もう二度と私の所へ出ないで下さい!」と、スクルージは
目を閉じて叫び続けた。

 ふと気づくと、スクルージは元いた自分の部屋の寝室に戻って
いた。彼は自分の体が疲れ果てていることを意識していた。そし
て、睡魔に抵抗して打ち勝つこともできなかった。彼は、やっと
のことでベッドにたどりつき、同時にぐっすりと寝込んでしまっ
た。

第二章 第一の精霊:その六

第二章 第一の精霊:その六

 公園にいた昔のスクルージは前よりも歳をとっていた。彼は中
年の働き盛りの男性になっていたのだ。その彼の顔には、まだ今
のスクルージような、厳しく頑固な面影はなかったが、世の中で
生きてきた気苦労と貪欲な性格の兆しはすでにもう現われかけて
いた。その目には、何か獲物を狙っているような貪欲で、警戒心
の強い輝きがあった。そして、それは彼の心に根を張った欲情を
あらわにしていて、だんだん成長するその木(欲情の木)の影が
やがて落ちそうな場所を示していた。

 昔のスクルージは一人ではなく、公園のベンチにドレスを着た
美しい娘が座り、彼はその側に座っていた。
 その娘の目には涙があふれていた。その涙は過去のクリスマス
の精霊から発する光の中にきらめいていた。

「それは何でもないことですわ」と、彼女は静かに言った。
「貴方にとっては本当に何でもないことですわ。他の可愛いもの
が私にとって代っただけですもの。これから先、それがもし、私
が貴方のそばにいたら、私がしてあげようとしていたことと同じ
ように、貴方を励ましたり、なぐさめたりしてくれることが出来
れば、私が口をはさむ理由などありませんものね」

「私にどんな可愛いものがお前にとって代ったと言うんだ?」と、
昔のスクルージは問いただした。

「金色のもの」と、彼女はそっけなく応えた。

「それは世の中で生きていくうえで、正当に評価されるものだよ」
と、昔のスクルージは言った。
「貧乏ほど世の中でバカにされることは他にない。それでいて金
を得ようとする者ほど世の中から攻撃されることも他にはないん
だよ」

「貴方はあまりに世の中というものを怖がり過ぎよ」と、彼女は
優しくたしなめた。
「貴方に以前あった希望は、そういう世の中で耐え抜いていこう
とするあまりに、どこかに消え去ったのね。私は、貴方のかけが
えのない希望が打ち砕かれて、とうとう最後に拝金だけが貴方の
心を占領してしまうのをみてきました。そうじゃありませんか?」

「それがどうしたというんだ!」と、昔のスクルージは言い返し
た。
「仮に私が希望を失い、金に支配されたとして、それがどうだと
いうんだ? お前に対しては何も変わらないよ」

 彼女は顔を横に振った。

「変っているとでも言うのかい?」と、昔のスクルージは聞いた。

「私達二人の約束はもう古いものです。二人とも貧しくて、それ
で、お互いに我慢して働いて、いつか二人の暮らしが良くなる日
が実現するまではと、それに満足していた時に、その約束は出来
たものです。それが貴方を変えました。その約束をした時は、貴
方は全然別の人でしたもの」と、彼女は応えた。

「私は成長したんだよ」と、昔のスクルージはじれったそうに言っ
た。

「貴方も心のどこかで、以前の貴方でないことは気づいているは
ずですわ」と、彼女は言い返した。
「私は変わらないし、そんな成長はしたくはありません。二人の
心がかよいあっていた時に、貴方は将来の幸福を約束してくれま
した。しかし、心がはなればなれになった今では、不幸が重荷に
なるばかりですわ。私はこれまで何度、またどんなに熱心にこの
ことを考えたか、それはもう言っても仕方のないこと。私はもう
疲れ果てたのです。だからもう私にできることは、貴方との縁を
切ってあげることぐらいです。貴方もそれがお望みでしょ?」

「私がこれまで一度でも、君との別れを求めたことがあるかい?」
と、昔のスクルージは聞いた。

「口ではね。いいえ、それはありませんわ」と、彼女は応えた。

「じゃ、どうして求めたというんだ?」と、昔のスクルージは聞
いた。

「貴方は性格が変わり、気持ちが変わり、生活の雰囲気がまるで
違ってきましたわ。貴方のその大きな目的のために希望まですべ
て変わってしまいました。貴方が感じていた私の愛情や共通の価
値観のすべてが変わったのです。この約束が二人の間にかつてな
かったとしたら」と、彼女は穏やかに、しかしじっくりと昔のス
クルージを見つめながら言った。
「貴方は今、私を探し出して、私の手を求めようとなさいますか?
ああ、そんなこと、絶対ないわ!」

 昔のスクルージは、この推測の正しさに自分も納得して、一瞬、
動揺した。しかし、あえてその感情を抑えながら言った。
「お前の考えは間違っているよ」

「私も出来ることなら、そんな風に考えたくはないわ」と、彼女
は言った。
「それはもう神様だけがご存知です! 私が悟った時には、それ
がどんなに強く、そして抵抗できないか、そうに違いないかとい
うことを知ったのです。でも今日にしろ、明日にしろ、また昨日
にしても、貴方が仮りに自由の身になったとして、財産もない家
柄の娘を貴方がお選びになるということが、私に信じられますか?
他の女性と接する時も、貴方は、その人の家柄や財産を気にする
ようになっているのに。それとも、ほんの気まぐれで、貴方がそ
の唯一、支配されている拝金主義に背いて、その娘をお選びになっ
たとして、あとできっと悔やんだり、恥じたりするに違いないの
を、私が分からないとでもおっしゃるのですか? 私にはちゃん
と分かります。だから、貴方との縁を切ってあげます。それはも
う心から喜んで、以前の貴方に対する愛のために」

 昔のスクルージは何かを言おうとした。しかし、彼女は彼に顔
をそむけたまま、なおも言葉を続けた。
「貴方にもこれは多少の苦痛かもしれませんね。これまでのこと
を思うと、私は本当にそうあって欲しいような気もします。しか
し、それもほんのわずかの間ですわ。わずかの間がすぎれば、貴
方はすぐにそんな思い出は、価値のない夢として、喜んで捨てて
おしまいになるでしょう。まあ、あんな悪夢から覚めてよかった
というように思って。どうか貴方のお選びになった生活で幸せに
暮して下さい!」

 彼女は昔のスクルージの前を去った。こうして、二人は別れて
しまった。

「あんたはそうとう裕福になったみたいだね」と、精霊が言った。

「精霊様!」と、スクルージは言った。
「もう見せないで下さい! 自宅(うち)へ連れ戻して下さい。
そんなに精霊様は私を苦しめるのが面白いのですか?」

「なぜだね。あんたは裕福になって望みが叶ったんだろ。愛なん
てバカバカしいものはない。あんな娘と縁が切れてよかったんじゃ
ないのかね」と、精霊は言い返した。

「彼女は私のもとを去ったんです。こんなみじめな話はありませ
んよ」と、スクルージはうなだれて言った。

「裕福になったあんたに叶えられない望みはないだろう。あの娘
はわがままを言って去っていったんじゃないのか? それとも、
あんたにも叶えられない望みがあるのかい?」

「そりゃあ、いくらだってありますよ。お金はそんなに万能じゃ
ありませんから」と、スクルージは応えた。

「それじゃあ、あんたでも叶えられない娘の望みとやらはなんだっ
たのかね? もう一つ、残像を見せてやろう!」と、精霊は叫ん
だ。

「もう沢山です!」と、スクルージは叫んだ。
「もう沢山です。もう見たくありません。もう見せないで下さい!」

 しかし、少しも容赦のない精霊は、両腕の中にスクルージをは
がいじめにして、無理矢理に別の時空間に連れて行った。

第二章 第一の精霊:その五

第二章 第一の精霊:その五

 精霊とスクルージが、児童養護園の門を出て来たその瞬間に、
ある都会のにぎやかな大通りに立っていた。
 そこには大勢の人影がしきりに行き来していた。また、荷車や
馬車の物影も道を争っているようで、あらゆるリアルな都市の争
いと騒ぎがあった。
 店の飾りつけで、ここもまたクリスマスの季節であることは、
あきらかに分っていた。
 もう夕方なので、街路には外灯がともっていた。

 精霊は、ある商店の出入り口に立ち止まった。そして、スクルー
ジにそれを知っているかと聞いた。

「知っているかですって!」と、スクルージは言った。
「私はここで見習い仕事をしていたことがあるんですよ」

 精霊とスクルージは、その商店の中に入って行った。
 ウェールズ人特有のウエリッシュウィッグを被ったかっぷくの
いい紳士が、あと二インチほど自分の身長が高かたら、きっと天
井に頭をぶつけただろうと思われるような、高さのある事務机の
向うに座っていた。その姿を一目見ると、スクルージは非常に興
奮して叫んだ。
「まあ、これはフェジウィッグ親方じゃないか! ああ! フェ
ジウィッグさんがよみがえった!」

 フェジウィッグ親方はペンを下に置いて、時計を見上げた。
 その時計は夜の七時を指していた。
 フェジウィッグ親方は両手をこすった。そして、たっぷんたっ
ぷんしたお腹を隠すチョッキをきちんと整えた。彼は靴の先から
頭のてっぺんまで、貫禄のある体を揺さぶって笑った。それから、
気分よく、滑らかなはばのある声で愉快に呼びかけた。
「おい、ほら! エベネーザー! ディック!」

 今は立派な青年の体つきになっていたスクルージ青年は、仲間
の見習いと一緒に、てきぱきと入って来た。

「ディック・ウィルキンスです、確に!」と、スクルージは精霊
に向いて言った。
「なるほどそうだ。あそこにいたんだ。彼はいつも私と一緒だっ
た。彼だ! 親愛なる友!」

「おい、息子達よ」と、フェジウィッグ親方は言った。
「今夜はもう仕事なんかおしまいだ。クリスマスだよ、ディック!
クリスマスだよ、エベネーザー! さあシャッターを閉めてくれ」
と、フェジウィッグ親方は両手を一つピシャリと鳴らしながら叫
んだ。
「さっさと店じまいしよう!」

 皆さんはこれら二人の青年がどんなふうにそれをこなしたかを
話しても信じないだろう。
 二人はシャッターの板を持って店の出入り口へ突進した。
 一枚、二枚、三枚と、それらをはめるべき所へはめた。
 四枚、五枚、六枚と、それらをはめて釘で止めた。
 七枚、八枚、九枚。そして、皆さんが十二まで数える前に、競
馬の馬のように息を切らしながら、店の中へ戻って来た。

「さあ来た!」と、フェジウィッグ親方は驚くほど軽快に、高さ
のある事務机から跳ね降りながら叫んだ。
「ほら片づけた。息子達よ。ここに広々としたスペースを作るん
だよ。さあ来た、ディック! 元気を出せ、エベネーザー!」

 片づけろだって! 
 それはフェジウィッグ親方の指示だから、ありとあらゆる物を
移動させても誰も文句は言えなかった。
 まるでサーカス団の団長のようなフェジウィッグ親方の指図で、
それは一分間で出来てしまった。
 移動することの出来る物は、ちょうど永久に公的労働から開放
されたように、ことごとく包んで片づけられてしまった。
 フロアの床はホウキで掃いて水拭きされた。
 ランプは芯を整えられた。
 薪は暖炉の上に積み上げられた。
 こうして商店は、冬の夜に誰もがこうしたいと望むような、こ
ざっぱりした暖かく、からっとした明るいダンスルームへと変っ
た。

 一人のフィドル奏者が、手に楽譜の本を持って入って来た。そ
して、あの高さのある事務机の所へ上って、その前に演奏者を集
めた。
 五十人も集った全員が、胃を悪くした患者かのように、ゲエゲ
エという音を立てて楽器の調子を合せ、オーケストラの準備をし
た。
 フェジウィッグ親方の夫人らしい、かなり太った愛嬌のある女
性が入って来た。
 三人のニコニコした可愛らしいフェジウィッグ親方の娘達が入っ
て来た。その三人に心を悩まされている六人の若者が続いて入っ
て来た。
 この商店で働いている若い男性や女性もことごとく入って来た。
 下働きをしている女性は、彼女のいとこのパン焼きの職人と一
緒に入って来た。
 料理番の女性は、彼女の兄の特別の親友だという牛乳配達をし
ている男性と一緒に入って来た。
 道路の向う側から来たという、父親から少しも食べさせてもら
えないらしい少年が、一軒置いて隣の家の下働きをしている女性
の後ろに隠れるようにしながら入って来た。(少年は母親に叱ら
れ耳を引っ張られたということが後で分かった)
 一人また一人と、次から次へと皆が入って来た。
 中にはきまり悪そうに入って来る者もいれば、威張って入って
来る者もいた。また、すんなりと入って来る者もいれば、不器用
に入って来る者もいた。それから、人を押して入って来る者もい
れば、人の手を引張って入って来る者もいた。
 とにかくどうにかこうにかしてことごとく皆、入って来た。
 たちまち彼らは二十組に分れてダンスを始めた。
 部屋を半分回って、また他の通路から戻って来る。
 部屋の真中を降りて行くかと思えばまた上って来る。
 仲がよさそうなペアがたたみかけるようにぐるぐる回って行く。
 先頭のペアはいつも間違った所でぐるりと曲って行った。
 新たに先頭になったペアもそこへ到着すると、再び横へそれて
行った。
 最後には先頭のペアばかりになって、彼らを助けるはずの最後
のペアが誰も後に続かないという始末だ。
 こんな結果になった時、フェジウィッグ親方はダンスを終了さ
せるように両手を叩きながら、大きな声で「上出来!」と叫んだ。
すると、フィドル奏者は、特別に用意された冷や水のポットの中
へ暑くなった顔を突込んだ。しかし、そのポットから顔を出すと、
休んでなどいられるものかと言わんばかりに、まだダンスを誰も
しようとしていないのに、すぐにまた演奏を始めだした。
 ちょうどもう一人のフィドル奏者が疲れ果ててシャッターの板
に乗せられて家へ連れ戻されたので、自分はそのフィドル奏者を
すっかり負かしてしまうか、そうでなければ自分が倒れるまでや
り抜こうと決心しているようだった。まるで生まれ変わった人間
でもあるかのように。

 なおもダンスは続いた。また、罰のある遊びもあった。そして、
再びダンスが始まった。その合間にケーキ、ニーガス酒、素晴ら
しいコールドローストの焼肉、素晴らしいコールドボイルの煮物、
ミンチパイ、そして、ビールが沢山出された。しかし、この夜で
一番の注目を集めたのは、焼肉や煮物の出た後で、フィドル奏者
が「サー・ロージャー・ド・カヴァリー」を弾き始めた時に出た
のだ。(このフィドル奏者は気の利いた人なんです。まあお聴き
ください! 皆さんや私なんかが指示するまでもなく、ちゃんと
その場の空気を読んで、自分のやるべきことをすかさずやってし
まうんです!)
 その演奏にのってフェッジウィッグ親方は夫人と手をつないで
踊り始めた。しかも、二人にとってはおあつらえむきのそうとう
テクニックのいるダンス曲で、先頭のペアをつとめようというの
だ。
 二十三、四組のペアがその後に続いた。
 いずれも踊りなれた者たちばかりだった。
 ダンスが体にしみついて、歩くなどということは夢にも考えて
いない人達なのだ。しかし、彼らの人数が二倍だったとしても、
四倍だったとしても、フェッジウィッグ親方は立派に彼らに対抗
できただろう。その夫人にしても同様にだ。彼女は、相手の踊り
にぴったりと息を合わせることができたので、親方の相手として
ふさわしかった。これでもまだほめたりないなら、もっとよい言
葉を教えてもらいたいくらいだ。そしたら私はその言葉を使うよ
うにしよう。

 フェッジウィッグ親方のふくらはぎからは本当に火花が出るよ
うに思われた。そのふくらはぎは、ダンスをしている間、月のよ
うに光っていた。
 どんなに目をこらしていても、次の瞬間にそのふくらはぎがど
うなるか予言することは、誰にも出来なかったにちがいない。
 フェッジウィッグ夫婦がダンスのすべてを踊りきった時、進ん
だり退いたり、両方の手を相手にかけたままおじぎをしたり、手
を取り合ってその下をくぐったり、男性の腕の下を女性がくぐっ
たり、そして、再びその位置に戻ったりして、ダンスのすべてを
踊りきった時、フェッジウィッグ親方は飛び上った。彼は足で羽
ばたいたかと思われたほど器用に飛び上った。そして、よろめき
もせずに再び着地した。

 時計が十一時を知らせた時、この親友達のダンスパーティは終
了した。
 フェッジウィッグ夫婦は出入り口の両側にそれぞれ立ち、身分
のわけへだてなく、男性が出て行けば男性に、女性が出て行けば
女性にというように、一人一人と握手を交して、クリスマスを喜
び合った。
 二人の見習いを除いて、すべての人が帰ってしてしまった時、
フェッジウィッグ夫婦は、残った二人にも同じように喜びを分け
与えた。
 こうして歓声が消え去ってしまった。そこで、二人の青年は自
分達のベッドに向かった。
 ベッドは店の奥のカウンターの下にあった。

 この間、スクルージはずっと心を奪われた人のように立ちつく
していた。その彼の心と魂とは、その光景の中に入り込んで、過
去の自分と一体になっていた。
 スクルージは、なにもかも体験したとおりだと感じていた。な
にもかも想い出した。なにもかも満喫した。そして、何ともいえ
ない不思議な心の興奮を経験した。
 スクルージ青年の姿とディックとの嬉しそうな顔が見えなくなっ
た時、始めて今のスクルージは精霊のことを思い出した。そして、
精霊が、その間ずっと頭上の光を非常に赤々と燃え立たせながら、
じっと自分を見つめているのに気がついた。

「たいしたことじゃないね」と、精霊は言った。
「あんなバカ者どもをあんなにありがたがらせるのは」

「たいしたことじゃないですって!」と、スクルージは聞き返し
た。

 精霊は、二人の見習いの話し合いを聞いてみろと手招きして指
示した。
 スクルージ青年とディックは、心のそこをうちあけてフェッジ
ウィッグ親方を褒めたたえていた。そして、スクルージ青年がそ
ういう話をした時、精霊は言った。
「だってねぇ! そうじゃないかい。あの男は、お前達人間の金
をほんの数ポンド費やしただけじゃないか。たかだか三ポンドか
四ポンドだろうね。それが、これほど称賛されるだけの金額かい」

「そんなことじゃありませんよ」と、スクルージは、精霊の言葉
に不満をもらした。
 今のスクルージではなく、昔の彼がしゃべってでもいるように、
無意識にしゃべり始めた。
「精霊様、そんなことを言っているんじゃありませんよ。あの人
は私達を幸福にもまた不幸にもする力を持っています。私達の仕
事を軽くも、また重荷にも出来ます。楽しみにも、また苦しい仕
事にもする力を持っています。まあ、あの人の力が言葉づかいと
か態度だけだったとしてもです。ようするに、お金のやり繰りに
は値しない、小額の質素なことだったとしても、これだけ私達を
愉快な気分にしてくれるのです。精霊様にはたいしたことじゃな
いように思われるかもしれませんが、だからどうだというのです
か? あの人の与える幸福は、そのために全財産を費やしたほど
尊いものなのですよ」

 スクルージは、精霊がちらとこちらを見たような気がして、口
を閉ざした。

「どうしたんだい?」と、精霊は聞いた。

「なに、特に何でもありませんよ」と、スクルージは応えた。

「でも、何かあったように思うけどね」と、精霊はしつこく聞い
た。

「いいえ」と、スクルージは言った。
「いいえ、私の商会の書記に、今、ちょっと一言か二言を言って
やることが出来たらと、そう思ったので、それだけですよ」

 スクルージがこの希望を口にした時、昔の彼がランプの芯を引っ
込ませて眠りについた。そして、スクルージと精霊は、また並ん
で外に立っていた。

「私の時間はだんだん残り少なくなる」と、精霊は言った。
「さあ急ぐんだ!」

 この言葉はスクルージに話しかけられたのでもなければ、また
外にいる誰かに言われたものでもなかった。しかし、たちまちそ
の効果を生じ、場所を移動した。そこには、別の時代のスクルー
ジの姿があった。

第二章 第一の精霊:その四

第二章 第一の精霊:その四

 精霊は、一つの部屋にスクルージを招きいれ、読書に夢中になっ
ている若い頃の彼の姿を指さして見せた。
 突然、外国の衣服を身に着けた、見る目には驚くほど立派で目
立つ一人の男性が、ベルトに斧をはさんで、薪を積んだ一頭のロ
バの手綱を取りながら、部屋の窓の外側に現れた。

「何だ、アリ・ババじゃないか!」と、スクルージは我を忘れて
叫んだ。
「正直なアリ・ババのじいさんだよ。そうだ、そうだ、私は覚え
てる! いつかのクリスマスの頃に、あそこにいるあの独りぼっ
ちの子が、たった一人、帰る場所がなく残されていた時、始めて
あのじいさんがちょうどああいう風にしてやって来たんだ。かわ
いそうな子だな! それからあのバレンタインも」と、スクルー
ジは言った。
「それからあの乱暴な弟のオルソンも。あれあれ、あそこへ皆で
行くぞ! 眠っているうちにタイツをはいたまま、ダマスカスの
門前に捨てておかれたのは、なんとかいう名前の男の子だったよ! 
貴方にはあれが見えませんか? それから守護神が、上下さかさ
まにして置いた、帝王(サタン)の子分は。ああ、あそこに頭を
下にして置かれている! いい気味だな。私にはそれが嬉しい!
あんなずる賢い奴と、お姫様がなんで結婚しなければならないん
だ!」

 スクルージが笑うような泣くような突拍子もない声を出し、こ
んなことで無邪気な自分をすっかりさらけだしている。そうした
彼のいかにも嬉しそうな興奮した顔をロンドンの商売仲間が見聞
きしたら、本当に驚いたことだろう。

「あそこにオウムがいる!」と、スクルージは叫んだ。
「草色の体に黄色い尻尾、頭のてっぺんからレタスのようなもの
をはやしていた。あそこにオウムがいるよ。かわいそうなロビン
ソー・クルーソー。彼が小船で島を一周して帰って来た時、その
オウムは呼びかけた。『かわいそうなロビンソー・クルーソー。
どこへ行って来たの、ロビンソー・クルーソー?』クルーソーは
夢を見ていたのだと思ったが、そうじゃなかった。オウムだった。
ご存知でしょ。あそこにフライデーが行く。小さな入江に向かっ
て、命からがら駆け出して行く、しっかり! おーい! しっか
り!」

 それからスクルージは、いつもの性格とはまるで別人のように
急激な気の変りようで、昔の自分をあわれみながら「かわいそう
な子だな!」と、言った。そして、また涙があふれた。

「ああ、ああしてやればよかったな」と、スクルージはガウンの
袖で涙をふいてから、ポケットに手を突込んでどこを見るでもな
くつぶやいた。
「だが、もう遅いな」

「一体どうしたというんだね?」と、精霊が聞いた。

「何でもないんです」と、スクルージは言った。
「何でもないんです。昨日の夜、私の事務所の出入り口で、クリ
スマスキャロルを唄っていた子供がいたんです。何かやればよかっ
たと思ったんですよ。それだけのことです」

 精霊は意味ありげに微笑した。そして「さあ、もっと他のクリ
スマスを見ようじゃないか」と、言いながら、その手を振った。

 その言葉で一瞬に、昔のスクルージ少年の姿は成長していた。
そして、児童養護園の部屋は少し暗く、そして、とても汚くなっ
ていた。
 床板は縮み上がって、窓のそばの壁には亀裂が入っていた。
 天井からは漆喰(シックイ)の破片が落ちてきて、そこは下地
の木目が見えていた。しかし、どうしてこういうことになったか
ということは、皆さんには分らないのと同じように、スクルージ
にも分っていなかった。ただそれが、たしかに事実だったという
ことは、彼にも分っていた。
 どんなことも、かつてそのとおりに起っていたのだ。
 他の子供達が皆、楽しいクリスマスの休日をすごすために家へ
帰って行ったのに、ここでもまたスクルージ少年は一人残ってい
た。

 今、スクルージ少年は読書をしていなかった。なぜかがっかり
したように落ち着きがなかった。
 スクルージは精霊の方を見た。そして、悲しげに頭を振りなが
ら、心配そうに出入り口の方をじろりと見た。

 その出入り口のドアが開いた。それから、スクルージ少年より
もずっと年下の少女が矢のように飛び込んで来た。そして、彼の
首のまわりに両腕を巻きつけて、何度も何度もキスしながら「お
兄ちゃん、お兄ちゃん」と、呼びかけた。

「ねえ、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんのお迎いに来たのよ」と、
その小さな手を叩いたり、小首を傾けておじぎをするようにして
笑ったりしながら、その少女は言った。
「一緒に自宅(うち)へ帰るのよ。自宅へ! 自宅へ!」

「自宅へだって? ファン」と、スクルージ少年は聞いた。

「そうよ!」と、その少女は飛び跳ねて言った。
「自宅にいていいのよ。ずっと自宅へよ。お父さんもこれまでよ
りはずっとやさしくしてくれるの。それで、本当にもう自宅は天
国のようよ! この間の夜も、寝ようと思ったら、それはそれは
やさしくお話をしてくれたんだから。私も勇気を出して、もう一
度、お兄ちゃんが自宅へ帰って来てもいいかって聞いてみたのよ。
そしたら、お父さんは、ああ、帰って来させよう、だって。そし
て、お兄ちゃんのお迎いに来るように私を馬車へ乗せてくれたの
よ。だから、お兄ちゃんもいよいよ大人になるのね!」と、少女
は目を大きく見開きながら言った。
「そして、もう二度と、ここへ帰って来ないのよ。でも、その前
に私達はクリスマス中、一緒にいるのね。そうよ、世界中で一番
楽しいクリスマスをするのね」

「お前はもうすっかり大人だね、ファン!」と、スクルージ少年
は叫んだ。

 少女は手を叩いて笑った。そして、スクルージ少年の頭に触ろ
うとしたが、あまりに小さかったので、また笑って爪先立ちしな
がら、やっと彼に抱きついた。それから彼女は、いかにも子供ら
しく一生懸命に彼を出入り口の方へ引っ張って行った。
 スクルージ少年もウキウキしながら少女といっしょに出て行っ
た。

 誰かが出入り口で、声を荒げていた。
「スクルージさんの荷物を運んで来い。そら!」

 二人が広間に行くと児童養護園の園長が立っていた。
 園長は、今まで見せたことのない恩着せがましい態度でスクルー
ジ少年を迎え入れた。そして、かたい握手をしてきたので、彼は
気味が悪く、寒気がした。
 それから園長は、スクルージ少年とその妹とを、まるで古井戸
の底かと思うほど寒々しい客間へ連れて行った。そこには壁に地
図がかけてあり、窓のそばには天体儀と地球儀とが置いてあった。
その両方とも寒さで青白くなっていた。
 ここで園長は、妙に軽いワインのデカンタと、妙に重い菓子の
ひとかけらとを持ち出して、スクルージ少年と妹に、それらのご
ちそうを一人分ずつ分け与えた。それと同時に馬車の御者の所へ
も「何か」の一杯を痩せこけた召使に持たせてやった。しかし、
御者は「それはありがとうございます。だけど、この前いただい
たのと同じお酒でしたら、もう結構でございます」と、受け取ら
なかった。

 スクルージ少年の荷物はその時にはもう馬車の上にくくりつけ
られていたので、スクルージ少年と妹はただもう心から悦んで園
長に別れを告げた。そして、いそいそと馬車に乗り込んで、菜園
の中の曲がり道を笑い声をまき散らせながら走り去った。
 回転の速い車輪は馬車から風をおこし、常緑樹の濃い葉を揺ら
してしぶきを飛ばし、霜だの雪だのをけ散らして行った。

「いつもひ弱な、ひと吹きの風にも枯れてしまいそうな子だった」
と、精霊は言った。
「だが、心は大きな子だよ!」

「そうでした」と、スクルージは肩を落とした。
「そのとおりです。私のただひとりの理解者でした精霊様。かけ
がえのない妹よ!」

「彼女は大人になって死んだ」と、精霊は言った。
「ただ、子供を残したんじゃないかい?」

「そう、一人の子を」と、スクルージは応えた。

「それが」と、精霊は言った。
「お前の甥だ!」

 スクルージは顔をくもらせた。そして、そっけなく「そうです」
と、応えた。